意識を集めて筆に向けると、穂先が僅かな光を帯びる。さらに気持ちを高めれば、目の前に白いキャンパスが浮かび上がった。
いつだってこれは自分にしか視えない。父や母に何度説明しても解ってもらえず、ずっと隠れて描くしかなかった。デコは筆を強く握り、一度目を閉じて深呼吸してから、真白の平面と向かい合う。
筆を乗せる前のキャンパスには何もない。
完全なる無の世界。
けれどそこに筆を走らせれば、どんな場所にだって行けるし、どんな生き物だって生み出すことができる。
――今日は、何を描こう。
白い平面を見つめながら考える。
――自分は、何が描きたいんだろう。
キャンパスに向けて伸ばしかけた手が止まる。
前は描くのが楽しくてたまらなかった。気まぐれに手を動かして、出来上がったものがその日の作品だった。
今は……今は、どうなんだろう。
強い作品を創りたいと思う。
これ以上、皆の荷物にならないように。少しでも、助けになれるように。
けれど、“強い作品”とは何だろう?
(ライオン……とか……?)
頭の中でイメージしてみようとは思うけれども、なかなか形が思い描けない。
何を描けば。どんな風に、描けば――どうすれば強くなれるんだろう?
守られてばかりの自分が悔しい。強くなってあの人の役に立ちたいのに。隣に、いたいと願うのに。
「――デコ、何やってんだ?」
「わ!!」
突然背後で声がして、びくりと肩を跳ね上げる。
振り返るより前に浮かんでいたキャンパスが消え、筆の光も見えなくなった。
自分が後ろを見るよりもアクロが横から顔を覗き込んでくる方がやっぱり早くて、顔の近さに心臓が鳴って,反射的に身を引いた。
「お、おどかさないでくださいよ」
「おお、悪い。何か描いてたのか?」
「描いていたというか……」
アクロの視線が筆に落ち、デコの目も自然とそれを追う。まだキャンパスには一本の線も引けていなかったから、描いて“いた”とは言えない。けれどそれはきっとどうでもいいことなんだろうと飲みこんで、デコはアクロに苦笑を向けた。
「新しいモンスターを考えてたんですけど、強いモンスターが思いつかなくて。どういうのがいいと思いますか?」
「ん? んー……」
試しに聞いてみると、アクロは腕を組んで首を捻った。ヒントでも貰えればと思ったけれど、彼の思考時間は長くは続かなかった。アクロはあっさり腕を解き、にこやかな笑顔で「お前の好きに描けよ」と肩を叩いてくる。
……まあ、元々それほど期待はしていなかった。
ため息は堪えたけれど顔には出てしまったらしく、アクロは「何だよ」とわずかに顔をしかめた。
「作品ってのは自分の気持ちで作るもんだろ? お前が強くなりたいなら、そう思って描けばいいんだって」
そういえば、レオンジも言っていた。アーティストの作品はいわば、“魂の告白”なのだと。
想いをこめる、ものだと。
「そうですね……出来上がったら、一番に見てくださいますか」
形はまだ定まらないでいるけれど。
彼に見せる作品が描きたいとなんとなく思った。
自分が知る限り一番強い、憧れのひとに。
ぎゅうと筆を握りながら言ったら、「おう、楽しみにしてるぞ!」と彼は笑った。
2009.12.24 // いつか、彼に認めてもらえる作品を描こう