故意じゃない、恋なんかじゃない*

[隠れ甘々なふたりに7つのお題2(配布元:TV様)]より。
 
 
 
街は苦手だ。人の言霊が飛び交って、視界が埋め尽くされてしまう。歩く人や佇む街路樹、立ち並ぶ建物すら隠れてしまうほどで気分が悪い。数分我慢するのが自分にとっての限界だ。
出てきて早々裏路地の入口でうずくまるスバルに、呆れたアクロの声が降ってくる。
 
 
「おい、スバル。……お前なんでついて来たんだよ」
「……うるさい」
 
 
なぜここにいるのかと言えば、街で買い物をする必要に駆られたからだ。屋内で待っていてもいいと皆に言われたのだが、いや行くと答えて彼について出てきた。大丈夫かよというアクロのしかめっ面に、フン馬鹿にするなと答えた過去を、今となっては無かったことにしてしまいたい。
こみあげてきた吐き気は何とか収まったが、もう一度人ごみに戻ろうという気にはまだなれない。出てきてしまった以上は街道に戻らなければ宿に帰ることもできないのだけれど、もう少しこのまま隠れていたい。またあの言霊の海に潜ることを考えると、それだけで気分が重くなる。
 
 
「なあ、買い物あるし、置いてくぞ」
「……ぐ」
 
 
アクロが頭を掻きながら言う。置いていくとはどういうことだと言いたいけれど、今のスバルには反論できる余地がない。街を歩けない自分はどう考えてもお荷物だ。分かっている、彼の前で認めるのが悔しいだけで。
 
 
頭の上で同行者の唸り声とため息。
 
「しゃーねえなあ」と彼が言った。
 
 
ぐいと肩を引かれ、無理矢理立ち上がらせられた。そして何だと振り向こうとした途端、目を何かが覆ってくる。何をするんだと言って目隠しを取ろうとしたけれど、それは顔に貼りついて離れなかった。
バロックを追って芸術の都を歩いた時と同じだ。あの時彼は、嫌がる自分の手首を掴んで無理矢理街を歩かせた。またこのパターンかと眉を寄せたけれど、アクロが掴んできたのはあの時と同じ手首では、なく。
 
「また手ぇ引いてやるから。……ったく少しは慣れろよな」
「くっ、離せバカ面!」
 
アクロの手がスバルの手の平に触れてきて、指を絡め取られた。驚いて逃れようとしたけれど、彼の握力には敵わず振りほどくことができない。手を引かれながら数歩進み、肌に当たる熱の感触に日の下に出たことを知った。
光が肌や濃い色の服に当たって暑い。けれどそれ以上に触れ合った手の平が熱くてたまらない。離せ、と言いたいはずなのに、喉がカラカラに乾いて声が出てこなかった。ただ黙って手を引かれ、素直についていくのは悔しいからあえて手を引き返す。
なあスバル、と言って、アクロが笑った気配がした。
 
 
「お前、こうして欲しくてわざとついて来たろ」
「なっ……!」
 
 
違うと言いたかった。手を引いて欲しかったからついて来たなんて、そんなことあるはずがないではないか。
けれど言葉は出てこなかった。ただ合わさった手が熱くて、全身が熱くてたまらなくて、顔を上げることすらできなかった。
 
 
決してこれは故意じゃない。……この浮ついた気持ちは、恋なんかじゃ、ない。
 
 
 
 
 
 
 
 
2009.12.26 // 絶対に、認めない。