嬉しかったわけじゃない

 
 
「なあスバル、お前なんでヴルーのことそんな嫌ってるんだ?」
 
いつものようにソファーに座って読書をしていたスバルに、アクロが声をかけてきた。振り向かずとも飛んできた言霊の方向から彼の位置は判る。また本棚に登っているのだろう。
答える気が起きなかったので、スバルは彼を黙殺してページをめくる。返事がないことにしびれを切らしたのか、アクロが再び同じ問いを向けてきた。
 
「聞こえてんだろ、なあ!」
「……バカ面には関係ない」
 
これ以上無視するとさらにうるさくなりそうだったので、仕方なくため息混じりに言葉を返した。人の家の事情に立ち入ってくるとは無遠慮な奴だ。自分が父親を好んでいない理由なんて、彼にはどうでもいいことだろう。
 
「関係ないけど、でもさあ……」
 
アクロがまだ何か言っていたが、スバルは再び無視を決め込んだ。少し間が空いて、「でもな」と彼にしては珍しく遠慮がちな言霊が再びスバルの側を舞った。
 
「オレ、おまえのこといろいろ聞いてたって言ったじゃん。あれ、正しくはちょっと違ってさ」
 
ああ煩い。名前を聞くだけで苛立ちを覚える人間の話など耳にしたくないというのに――。スバルは眉根を絞り、小さく舌打ちをした。できる限り意識の外に追いやろうと、必死で紙の上の字面をなぞる。
 
そんなこちらの心境を知ってか知らずか、アクロは続けた。
 
 
「オレ、ほとんどお前の話しか聞いてないんだ」
 
 
は――?と思わず聞き返しそうになって、唇をきつく結ぶ。言葉の意味を理解しかね、スバルはぴくりと耳を動かした。アクロの方を見そうになって必死で耐える。奴の話に反応なんてしない。してたまるものか。
 
「ヴルーの話ってさ、ほとんどお前の事なんだよ。スバルがスバルがスバルがって、同じ話を何度も聞かされてさ」
 
若干ウザいくらいだったぜと言うアクロの言霊は、虚偽の形状をしていない。それでもスバルには彼の言葉が信じられなかった。
胸が一度強く、しかし温かく鳴って、わずかに顔が熱くなる。スバルは己の顔を隠すように額を手で押さえた。
けれど自分の話と言ったって、どうせロクな事を話していないのだろう。だって6歳の時のあの恥ずかしい話をしているくらいだ、他も大して変わらないだろう、まったく余計なことばかり……!と、自分に言い聞かせるように考える。けれど、鼓動がわずかに速くなるのを抑えられない。
 
 
それでな、とアクロは言った。
 
「ヴルーさ、おまえの話をするとき、すごく嬉しそうなんだ。愛しくてたまらないって顔をする。親バカだなって言葉しか浮かばないくらいでさ」
 
 
その言葉を聞いた途端、スバルの鼓動はさらに速く脈打った。
この気持ちは何だろう、胸を締め付けられるような居心地の悪さと、泣き出してしまいそうになる心地よさ。
アクロの言葉がやけに温かく感じられるのは絶対に気のせいだ、そうに違いない。
嬉しかった訳ではない。そんなことは、決してあるはずがないではないか。嬉しいなんて気持ちは、絶対に、認めない。
 
「お前はどうか知らないけど、ヴルーはお前のこと相当好きだと思うぜ。だから……だからさ、ヴルーと仲直り、してやってくれないかな」
 
続く背後からの声に、スバルは何も返せなかった。声を出したら、それが震えてしまいそうで。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2010.1.2 // 親バカパパ萌え!!!!\(*´▽`*)/ スバルも意地っ張りなだけで、本当はお父さんのこと好きだといいなあ。