芸術の都に来たばかりでまだ宿を決めていないと言うので、ナジーから助けられた礼を兼ねてデコはアクロを家に招いた。あまり広くもなくお世辞にも綺麗とは言えない家ではあるが、もう1人寝るスペースくらいはどうにかなる。
簡単な夕食をとり、話をしているうちにさて寝るかという時間になった。ベッドは客人に譲って自分は床かソファーで寝る気だったデコに、アクロは「いいよオレなら床で十分寝れるぞ」と言った。
さてどちらがベッドを使うかという押し問答を――するまでもなく、アクロが折衷案を出してきた。曰く、
「詰めれば2人くらい入るって。一緒に寝ようぜ」
ということである。断る間もなくベッドの奥に押し込まれ、今に至る。体と体の間にすきま風が入ってくるし、何より元々ギリギリ一人分のベッドなので狭い。
「あの、アクロさん、ボクやっぱり床で……」
話しかけてみたが返事はない。横から気持ちよさそうな寝息が聞こえてきて、デコはため息をついた。寝つくのが早すぎだ。
起こしてしまっても申し訳ないし、この際このまま寝てしまおう。そう思って客人に背を向け、デコも目を閉じた。体を寄せれば一人で寝るよりも暖かく、次第に意識が眠気の中に沈んでいく。
――が。
「いたっ!!」
突然尻を膝で蹴飛ばされ、衝撃で一気に覚醒した。鈍く痛む尾骨を一度さすり、ちらりとアクロを見てからデコはさらに端に体を移動させ、気持ちばかりの距離をとる。風は入ってくるがこの方が良さそうだ。アクロは仰向けになって足を広げ、腕も大の字とは言わないまでも自由な位置に置いている。ベッドからは出た方がいいかもしれないという気持ちに駆られつつも、眠気には抗えず再びデコは目を閉じる。
「ごほっ!!」
次は首に腕が落ちてきた。
咳き込んで飛び起き、殺す気かと心の中で叫びながら――声は上げなかったのではなく喉をやられたせいで出せなかった――アクロを見下ろす。最後に大きく咳をしてからデコはベッドを抜け出した。……このまま一緒に寝ていたら、死ぬ気がする。
デコがベッドを降りてその下に簡易の寝床を整えていても、のびのびと寝具を占領する少年が起きる気配はない。憎たらしいほど安らかな寝顔を広げ、曖昧すぎて聞き取れない寝言を口にしている。
最初から床で寝ればよかった。デコは古びて毛羽立った毛布に潜り込み、今度こそはと眠りに落ちる。床は堅いが、何度も攻撃を食らわされるよりはマシだ。
――しかし。
「ぎゃっ!!」
上から何か重いものがドスンと落ちてきて、再び目覚めさせされる羽目になった。何事かと毛布から顔を出してみれば、さっきまでベッドで寝ていたはずの少年が上に乗っている。何とか這い出そうとしたが、重石がそれを許してくれない。この分ではもし下から抜け出せても、一人で彼をベッドに戻すのは不可能だ。
「あっ、アクロさーん! 起きて! 起きてください!!」
声をかけて揺さぶってみても返ってくるのは寝息か寝言だけで、全く目覚める様子がない。手を尽くしてどうにかこうにかアクロを叩き起こし、寝ぼける彼をベッドに戻らせたものの、朝が来るまでの間にさらに3度も眠りを妨げられる羽目になった。
――翌朝。
デコがあくびをしていると、心底すっきりした顔で起きてきたアクロに「どうした寝不足か?」と言われたが、恩人に文句を言うこともできず、デコは曖昧に笑うしかなかった。
……この寝不足は、間違いなく彼のせいだ。
2010.1.1 // アクロの寝相は最悪なイメージ。