君のその顔が見たくて

「では行ってくる」
「うん、よろしくねー」
 
意味もなくただ気まぐれに、クラウンはヴルーに“お遣い”を頼んだ。今すぐ行ってきて、と付け足して。ヴルーでなくとも問題ない、むしろもっと下の人間にさせてもいい事ではあったが、彼は文句を言うでもなく二つ返事で引き受けてくれた。
こちらに背を向けたヴルーにクラウンは駆け寄って、その後ろ姿に追いつく。お遣いを頼んだ理由は命令の内容それ自体にはない。本当はそんなことはどうだっていいのだ。
 
「ヴルー」
 
クラウンはヴルーの背後から手を回すと、彼の片腕を巻き込んでその胴体に抱きついた。彼の背に胸をぴたりと寄せ、歩きだそうとしていた彼の動きを遮る。背の高いヴルーに比べると体は自分の方がずっと小さいが、力なら間違いなく自分の方が強い。少し力を込めるだけで、ヴルーは前に進めなくなった。
 
 
「……、クラウン。これでは動けない」
「そうかもね」
 
 
あえてヴルーに遣いを頼んだのは、こうして出掛ける彼に抱きついてみたかったからだ。さあどんな反応をしてくれるのだろうと期待を膨らませながら、クラウンはヴルーを見上げる。
ヴルーの腰は細い。これくらい、クラウンになら簡単に折ってしまえそうだ。痛いくらいの力で抱きついたら、彼はどんな反応をしてくれるのだろう――?楽しい思いつきを実行しようか迷って、彼の反応次第にしようかと心に決める。
ヴルーが無言で振り返り、わずかに首を傾げるのが見えた。その眉尻が困ったように下がったのを目にし、クラウンの顔は自然とほころんだ。
ふふ、困ってる――と心の中で呟く。自分よりもかなり年を重ねてはいるけれど、ヴルーは可愛い。つい無茶を言って困らせてみたくなる。顔に感情を映してなくても彼は好ましいけれど、黙って困っている時の仕草がクラウンは一番好きだ。
 
 
「クラウン、君の行動は今すぐ行ってこいという命令と矛盾しているよ」
「してないよ」
「……、」
 
 
ヴルーの体が前に出ようと力を加えてくるが、クラウンは離さない。彼は自分を腰につけたまま、引きずって遣いに出るつもりなのだろうか? ヴルーの腰にしがみついたまま歩き回るというのも、それはそれでいい退屈しのぎになりそうだとクラウンは口に笑みを浮かべながら思う。
ヴルーが自分を前に引く。同じようにクラウンも後ろに引けば、二人分の体は固まったように動かない。
ヴルーが少し足を前に出す。その程度で抜け出せるとでも思っているのだろうか。クラウンが前に出たヴルーのそれに爪先を引っ掛け、彼の背に体重を乗せると、バランスを崩したのかヴルーは床に顔をぶつけるようにして倒れ込んだ。
 
「あーあ、バランス感覚が足りないよヴルー」
 
転がった彼の上に寝転んで、クラウンはにこやかに言う。下の男は一つため息をついた後、しばし沈黙した。
 
 
「クラウン……とりあえず上からどいてくれないか」
 
 
立てないよというヴルーの言葉には聞こえないふりをしながら、クラウンは彼の上で寝転んだまま頬杖をついた。
やっぱり、彼に悪戯するのは楽しい。
 
 
 
 
2010.1.10 // さて、次は何をしようか?