「青天の都への行き方なんですけど、“トンだら速かったブタ”を使うのがいいみたいです」
街門付近にいた大人から話を聞いて戻ってきたデコに、アクロとスバルはそうかと言った。何だそれという会話を始める彼らを眺めながら、このメンバーで町を出て本当に大丈夫なのかとデコは一抹の不安を覚える。
芸術の都の門前で集まった3人(と、1体)だったが、驚いたことに誰も青天の都への行き方を知らなかった。
デコは長い間モデル区域の外に出られなかったし、スバルも本で読んだ地理の知識しかなく、アクロに至っては適当に歩けばいつか着くだろうと言い出す始末だった。ピクルスですら知らないと言うから驚きだ。
芸術の都の外について常識を持ち合わせた人間が一人もいない。子供達だけの――ピクルスをどう定義すべきか迷うところではあるが――遠出において、それは非常に心許ないことだった。一番年下だからといって周りに頼っていてはいけないと、デコは決意を胸に秘めながら手を強く握りしめる。
「あっそれでですね、トンだら速かったブタの料金は15,000ピカらしいんですけど、皆で出し合いませんか」
そう提案したデコに、二人の反応は正反対だった。アクロは「高っ」と半歩身を引き、スバルは「一人5,000か、安いな」と一つ頷く。どちらかというとアクロ寄りの感想を持っていたデコは、スバルとの金銭感覚の差に苦笑する。とはいえデコにも5,000ピカくらいなら出せない額ではない。
3人がそれぞれ財布を取り出したところで、アクロが申し訳なさげにすっと手を挙げた。
「悪ィ、オレそんなに無い」
「えっ!?」
聞けば芸術の都に入るためにかなり使ってしまい、ほとんど残ってないのだと言う。会ったばかりの頃にお金が足りなくなったら貸してくれるかと言っていたのはそういう事であったらしい。一体彼はどうやって食べていくつもりであったのだろう。
さらに間を置かず、スバルが金貨を数枚出して首を傾げる。
「5,000ピカはこれでいいのか?」
「っ!? スバルさんそれ金貨です!」
金貨1枚は10,000ピカに相当する。5,000ピカは銀貨5枚だ、金貨5枚では桁が1つ違う――しかしスバルは言った。この硬貨しか持っていない、と。
買い物したことないんですか!?と言いそうになったのを必死でこらえながら、デコはどうしたものかと途方に暮れる。目の前ではスバルとアクロが口喧嘩を始めてしまい、遠い目をしたい気持ちになった。ああもうこの人たちは――と、頭がズキズキと軽い痛みを訴える。
「あ、あの、じゃあ3人で適当にお金を出し合って、共通の支払いは1つの財布でしませんか」
必死で頭を働かせ、デコはそう提案した。今回は偏った比率で料金を出し合うということも考えたが、それでは3人で何かの代金を払おうとするたび同じことが起こりそうだ。余計な争いを生まないためにも、たぶんまとめてしまった方がいい。
ふむ、と2人が頷いた。
「じゃあ、よろしくな」
アクロが手の財布をポンとデコの手に乗せ、
「オレは構わん」
とスバルがもう片方の手に金貨の詰まった皮袋を置いてくる。
えっ2人とも手持ち全て預ける気かと焦りながら、「いえ一部で! あの、適当に取っていいですか」とデコは二人の財布を開けた。アクロの財布は銅貨ばかり、片やスバルの財布は本当に金貨しか入っていない。その差に一瞬思考を停止させながらも、空の皮袋に自分も含めた3人の通貨を少しずつ移した。スバルの財布から出した額が他の2人よりかなり多くなってしまったが、2人とも気にしないだろうし、この際仕方がないことにしようと自分に言い聞かせるように考える。
2人に財布を返し、デコは共通の財布となった皮袋を顔の高さまで持ち上げた。
「じゃあこれですけど、誰が――」
誰が管理しますかと言いかけて、デコは気付く。2人の視線が自分に集まっていることに。
アクロに渡すのは、不安だ。しないかもしれないが、皆で買わなくてもいいものにお金を使ってしまいそうで怖い。スバルはスバルで各通貨の単位を覚えていないようだから、支払いの時に間違いやしないかと心配になる。
たっぷり10秒ほど迷って、デコは肩を落とした。
「これは……ボクが持ってますね……」
そんなデコに、2人はそれぞれ頷いて言った。
「「ああ、よろしく」」
――と。
2010.1.20 // ……一応、自分が一番年下なんだけど。