「なあなあスバル!」
スバルが一人静かに読書をしていたところに、突然聞き慣れた足音と声が割り込んだ。元気だけが取り柄のようなその人物は、にやついた笑みを浮かべながらこちらに駆け寄ると、
「オレのこと、好きか?」
と何の脈絡もなく唐突に、聞いた。
「……は?」
その前後関係もまるでない上に頭の悪い質問は一体何だと、スバルの眉根が自然と寄る。しかしアクロは全く気にする様子もなくスバルの座るソファーの後ろ手に周り、もう一度同じ問いを向けてきた。曰く、「オレのこと好きか?」と。
ふわふわと生まれ出た言霊は彼の浮き立つ心を素直に表している。何があったかは知らないが、スバルにとっては全くありがたくないことに、彼のテンションメーターは高い方に振り切れているらしい。こういう時は相手にしないに限る、とスバルは無視して読書に戻った。
「なあなあ」
「……」
「スバルってば」
「……」
「――スイカ」
「っ!!」
ほとんど反射のように振り上げた腕は空を切り、楽しげに笑うアクロの顔が目に映る。
もう一度さっきと同じ問い。今度は耳元でささやかれた。途端顔に血液が上ってきそうになるのを感じたが、落ち着け冷静になれと自分に言い聞かせながら必死で耐える。
アクロの言霊はいつになく楽しげだ。回答そのものが欲しいというよりも、きっとこちらの反応を楽しんでいるのだろう。自分が彼をどう思っているか、彼はとっくに知っているくせに――。
意図が分かりきっていて彼が喜ぶ反応など返してやるものか。スバルはふうと息を吐いてからアクロに視線を向けると、可能な限り冷静に冷徹に言葉を吐いた。
「大嫌いだ」
途端アクロはきょとんと目を丸くする。ざまあみろと思ったのもつかの間、目の前の少年は唐突に、ぷはっと楽しげな息を吐いた。何がおかしいのかソファーの背を何度も叩きながら笑い出す。てっきりしょげるか怒るか驚くかするだろうと予想を立てていたスバルの方が、今度はきょとんとする番だった。
「なあスバル、コレ、何だ?」
そう言って笑いの収まらないらしいアクロが指で示したのは彼自身の肩。そこには見覚えのある白い羽が一枚、刺さっていた。
すぐにそれが何かを悟る。
あれは確か。
ネネの。
「なっ……!!」
ネネの羽でスキルを強化した彼がどうなるか、いやより正確に言うならばその状態の彼にいったい何が視えているのか、思い出すのに時間はそれほどかからない。
今度こそ頭に血液が逆流してくる。今自分が吐き出した言霊の形も意味も、自分が一番よくわかっている。嘘をついた。だから黒いもやが本音を包んだ。しかしそれでも隠しきれなかった真意の形は。
「なあスバル、この形の言霊の意味、教えてくれよ」
アクロが両手を使って、丸みのある形を作る。本物を見る才能を持つ彼には、本音を包んだ嘘の霧なんて何の障害にもならなかったのだろう。
アクロが作って見せたのは、紛れもないハート型。見られた。よりによってあんな形の言霊を。
スバルは体中の血が沸騰してしまいそうな気がして一歩退いた。
「くっ……」
アクロが笑う。心底楽しげに、幸せそうに。教えてくれなんてこんな判りやすい形もないだろう。もしかしたら判った上で聞いてきているのかもしれない。
「っ、それくらい自分で理解しろッ!!」
恥ずかしさを全てぶつけるように、容赦なくスバルは拳をアクロの頭に叩き込んだ。
2010.3.10 // こちらの想いなんて知ってるくせに!
オマケ
「へへ、幸せだなあ」
「言ってろ」
「なあスバル、おまえの世界って、綺麗だな」
「……ふん」
79話の感想(妄想)をそのまま書いてみました。
アクロさん、あれってまさか他の人の世界も普通に見えるんだろうか…!