機械に乗って空を飛ぶ、というのは変な感じだった。
足の下の床は地上からかなり高くにあって、窓の外に見えるのはいつも見上げていたはずの白い雲。
雲が横に見えるというのはそれだけの高さにいるということで、もしこの飛行機が墜ちたりしたらまず助からない。
「墜ちる……絶対墜ちる……」
はっきり言って怖い。
誰から何を説明されようが怖いものは怖い。
気を紛らわせようにも前に座っているティトォもリュシカも無言だし、なんとなく雰囲気的に声をかけづらい。
なのでミカゼはぶつぶつと縁起の悪いことをつぶやくくらいしかやることが見つからないのだった。
「ティトォさん、すみません」
「……はい?」
沈黙を破って突然リュシカが謝った。
はたで見ていたミカゼどころか、ティトォ本人にも何のことかわからなかったらしく目をしばたかせている。
そんな彼の反応もリュシカは気にしないようだった。
「さっきのは決してティトォさんをばかにしたわけではなく!」
「ん? ……ああ、うん」
さっきの?
何だっけとミカゼは記憶を呼び起こす。
さっきからこの飛行機のことで頭がいっぱいで聞いていたわけではないが……ひょっとして「ティトォさんはもっと回りに花が咲いている人です」という発言のことだろうか。
なぜ謝るのだろう。
ティトォはそれに対し逆に礼を述べていたはずなのだけど。
考えたことにそう違いがなかったのか、ティトォは怪訝そうな顔つきになる。
「あのですね、えと、バカって言いたかったのではなくて。ティトォさんは優しいしかっこいいし強いし頭いいし素敵だし、あんな顔しないでほしいって思ったわけで!」
「いや、うん、前半はともかく後半は……リュシカが優しくてぼくのこと思って言ってくれたのは伝わったから」
「ティトォさん……」
「リュシカ……」
すっかり周りが見えなくなった様子で見つめ合うふたり。
しかもほおがほんのり赤い気がするのは気のせいだろうか。
……おい。
おいおい。
何だ。何なのだこの雰囲気は。
ふたりの周りに違う色の世界が見えるのは気のせいか?
ふ、と窓の外が真っ白になる。一瞬驚いたが、隣の親子連れが、
「わあっ、ママ見て。雲の中だよ」
「そうね。真っ白ね」
と会話するのを聞いて落ち着いた。
でも……でも、こんな何も見えない中をどうやって飛んでいるのだ?
見えないせいで操縦が狂ったり機械が壊れたりバランスを崩したりするかもしれない。
空の上だ、鳥にぶつかったりなんてことも――
「いやいやいやいや」
ミカゼはふるふると首を振った。
だ、大丈夫だ。
……たぶん。
あんな小さな子が平気なものを自分が怖がってどうする。
視線を前に戻すと、ティトォとリュシカのふたりはまだ見つめ合っていた。
まばたきもほとんどせず、まったく動かない。
この際だ、どれくらいそのままでいるか数えてみよう。
1、2、3、4……
11、12、13、14……
21、22、23、24……
(略)
97、98、99、100。
――長いわ!
なんだか、数えるのがばからしくなってきて、ミカゼは視線を外した。
っていうかいつまでそのままでいるつもりなんだろう。
存在を無視され、だんだん面白くなくなってきたので、少しむすっとした表情でミカゼは声をかける。
「おーいそこのおふたりさん」
びく、とふたりは驚いたように肩をはねあげた。
「仲がいいのは結構なんだが」
「ななな何言ってるんですか」
「そそそそうだよ、ぼぼくらは別に仲がいいってわけじゃ」
何もそこまでと思うほどふたりは慌てる。その上顔が余計赤くなる。
いやどう見ても仲いいだろう、と心の中でひとりつぶやいた。
「ティトォさん……あの」
「え? 何?」
「『仲がいいわけじゃない』って、じゃあ仲悪いんですか……?」
少し震える声で言うリュシカ。ティトォは慌てて弁解する。
「そ、そんなことないよ。今のはその。仲がいいわけじゃないイコール仲が悪いって意味にはならなくてね、ええと」
説明で歯切れが悪くなるなんて珍しい。
おもしろいもん見たかも、と少し思う。
「ちょっと勢いで言ったっていうか」
「じゃあ……よかった、ティトォさんに仲の悪い子だって思われてたらあたしどうしようかと……」
「リュシカ……」
「ティトォさん……」
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……それはもう、いいって。
けんかよりこういう雰囲気の方が、犬は食べないのではないだろうか。
甘いのは本人達だけにとってだけだ、絶対。
軽く咳払いをして、ミカゼはふたりの方を見てあえて強めに言う。
「仲がいいのはいーんだけどな? 独り身の俺としてはもんのすごーく妬けてくるんだが」
「みみみミカゼさん、何言うんですか」
「そ、そうだよ」
リュシカの言葉に首を縦に振るティトォ。
「ミカゼさんも相手を作れば問題ないじゃないですか!」
「そう……え?」
再び頷きかけて、その動作が途中でとまった。
そんな簡単に見つかるなら、独り身の人間はこれほど多くないと思う。
つーかそういう問題か。
リュシカはきょろきょろと周りを見回して、通路にあった何かをミカゼの方によこした。
「ほら、この子とか可愛いですょー」
黄色い毛並みをもった、猫だった。
そりゃもちろん可愛いけれど、可愛くて生きていればいいってものではなく。
「リュシカ、いくらなんでも猫はないと思うよ」
「でも、狐のお面してるし」
「確かに猫科だけど、似てても別の生きものなわけで……いやその前に、ミカゼは一応人間だし」
一応って言うな。
面のおかげで狐顔だし鼻はきくけど。
「そうだティトォさん。猫であたし思い出したことがあるんです。ずいぶん前のことなんですけど」
ちらりとリュシカに渡された猫を見ると、ちゃっかりととなりのシートの上に丸まってあくびをしている。
そのわずかな時間の間に、ふたりはミカゼにはわからない話をはじめてしまった。
仕方ないのでミカゼはやれやれとシートに背中を沈める。
よく見回してみれば、どういうわけかカップルが多かった。
男女ふたりで仲良く並んで座っている。時々その2人の間に子供が入る。
男ひとり、というのはミカゼ以外にほとんどいない。
リュシカがよこした猫をもう一度見る。
カップルになれというのか、動物と?
「つーかお前、なんでこんなとこにいるんだ」
どういうわけか動物と出会う確率が高い気がする。
ミカゼの疑問の視線に気付いているのかいないのか、猫は再び大きなあくびをした。
2004.5.4 // 俺も寝ようかなあ。
ATP好きに15のお題 No.12 動物と