「リュシカって、そのリボンいつもつけてるよね」
 
 
 何気ない会話中、ふと目が行ったのはリュシカの髪で、いつもポニーテールを結わえているリボンだった。
 リボンというより紐と言った方が適切かもしれないくらいシンプルなデザイン。
 けれど彼女の髪にとても似合う色合いで、自分はあまり主張せず髪の緑を引き立てている。
 ただ、ずっと使っているせいか所々ほつれていしまっていて、そろそろ新しいのに変えた方がいいのではと思ったのだ。
 
「それ気に入ってるの?」
「はい。もらいものなのです」
「……ふーん」
 満面の笑みで彼女は言うが、なんとなく面白くなくて、ティトォは気のない返事を返す。
 
 そのあと城を1人で出て、彼女の髪に合いそうな色のリボンを探しに行ったのは、使っているリボンが痛んでいたからだ。
 断じて、もらいものだと笑顔で言われたのが面白くなかったからではない――と、ティトォは自分に言い聞かせるように思った。
 
 
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 買い物を終えて城に帰ってみると、リュシカと廊下で出くわした。
 てっきり部屋にいると思ってたので、あわてて持っていた小さな紙袋を後ろに隠す。
 
「ティトォさん、どこ行ってらしたんですか?」
「え、あ、ちょっと買い物に……」
「もー、連れていってくれたっていいじゃないですか」
 
 ぷうと頬を膨らますそのしぐさに、ティトォはクスリと笑う。
 でもこればっかりは仕方ない。
 まさかプレゼントを渡す相手と買いに行くわけにはいかないのだから。
 
「ごめんごめん」
「しょうがないですね、じゃあ今からトランプに付き合ってくれたら許してあげます」
「いいよ、どこでやる?」
 
 
 会話を交わしながら、部屋の方へ足を向ける。
 トランプがある方の部屋でというわけで、ティトォの部屋ですることになった。
 リュシカの部屋の前を通り過ぎようとした時、リュシカが思いついたように言った。
 
「どうせなら他の人も誘いましょうか」
「トランプは大勢の方が楽しいしね。……でも、ちょっと待って」
「何ですか?」
 
 ミカゼやグリンたちが来た後では、買って来たものが渡しづらい。
 周りに誰もいないのを確認して、ティトォはかくしていた紙袋を前に出す。
 
 
「これあげるよ」
「えっ」
 
 
 しばらく誰も来ませんように、そう思いながら周りの気配を探る。
 軽い紙袋の重さがティトォの手の上から消える。
 リュシカが受け取るのにかかった時間なんてほんの少しだけだ。
 けれど、少し鼓動が速くなって、もっと長い時間のようだった。
 
「……開けてもいいですか?」
「うん」
 
 リュシカが包みを開いて、中にあるものを取り出した。
 出て来たのは、今彼女がつけているのと似た色のリボン。
 
 
「今つけてるやつ、痛んできてるみたいだったから。……あ、でも、気に入らなかったらつけなくていいよ」
「気に入らないなんて事ありません! あたしこの色大好きですから! ……でも」
 
 リュシカは申し訳なさそうな顔で、頭の上のリボンに触れる。
 
「これ、おじさんやおばさんにもらったものだから、外すわけにはいかなくて……」
「あ、いや、ぼくが勝手に買ってきただけだし、気にしないで」
 
 しゅんとした声でリュシカが言うので、ティトォはあわてて返した。
 そうか、おじさんやおばさんから――その可能性に思い至れないなんて、我ながら配慮が足りなかった。
 生きている者は死んだ者には勝てない。 
 空回りしてしまったのは残念だが、仕方ないか、と思うことにする。
 
 
「あ、そうだ! ちょっと待っててください」
 
 
 突然リュシカが言って、部屋の中に入って行った。
 何だかよく分からなかったが、待ってと言われた以上待つしかない。
 ――おじさんとおばさんから。そうかぁ……
 はぁ――……と長いため息をはいて、壁に背を預けてティトォは思考を巡らす。
 
 いささか、いや結構、軽率だったかもしれない。
 買いに行く前にリボンのことをもっと聞いておけばよかった。
 リュシカの性格だと変に気を使わせてしまいそうだし。
 ――ああ、ぼくのばか。
 
 そのうち気分とともに体も沈んでいって、廊下の端にうずくまるような格好になる。
 かちゃりとドアが開いたので、ティトォはあわてて立ち上がる。
 こっちに来る人が一人もいなかったのはある意味幸運だったかもしれない。
 
 
「え、リュシカ?」
「すいませんお待たせして。あの、どう……ですか?」
 
 正直驚いた。
 トレードマークとなっていた右側だけの前髪とポニーテール。
 それが、左側の前髪も下ろされ、ツインテールに変わっていた。
 
「つけてみたんですけど、変じゃないですか?」
「全然! でも、無理してつけなくていいんだよ?」
「無理なんてしてません。おじさんたちにもらったのも、ティトォさんにもらったのも、両方つけたいと思ったんです」
 
 笑顔で言うリュシカに、嬉しいやら恥ずかしいやらで何と言っていいか分からなかった。
 ただ一言、
「……ありがとう」
 と言うほかに。
 
「それ、あたしの台詞なんですけど。あの、それより、これ、ええと……」
 リュシカが少し不安げな、上目使いの目線で見上げてくる。
 また周りを見渡して、誰もいないのを確認する。
 心を落ち着けてから、言うべき台詞を。
「うん、可愛いよ。よく似合ってる」
「ありがとうございます!」
 
 
 この上なく恥ずかしくて、言ってすぐ額に手を当てて目をそらした。
 頼むから今は誰もこっちこないで、と半ば祈るように思う。
 でもまあ、リュシカが喜んでくれたからそれでいいか。
 
「じゃ、皆さん呼びに行きましょうか。……ティトォさん」
「ん?」
「これ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
 
 リュシカの髪の上で、2つのリボンの色が揺れていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2005.2.16 // リュシカの髪形が変わった理由を妄想。

抽象名詞で10題 No.7 色