リーブの港町を出てから、もうすぐ数時間が過ぎようとしている。

 リュシカとティトォは一通り自己紹介も終え、雑談をしながら歩いていた。
 晴れ渡った空に陰りが生じる様子は少しもない。太陽はまだ昇りきっていないし、このまま行けば町で食事が取れそうだ。
「お昼何食べよっか」
 ティトォは隣を歩くリュシカに声をかけた。
「パンがいいです!」
 満面の笑みで彼女が言う。
 答えに間がない、いや即答と言って差し支えなかった。他の選択肢もあるだろうが、彼女の頭にはそれらは入っていないらしい。

「好きなんだね、パン」
 彼女はパン屋をやっていたから、毎日毎日ずっとパンを見ていたはずだ。それでもパンを食べたいと思うのは、よっぽど好きだからなんだろう。そう思うティトォ自身もシーフードが好きでいくら食べても飽きないので、あまり人の事は言えないし、その気持ちはよく分かる。
 えへへと答えながら、リュシカは両手を大きく広げた。そして楽しそうに笑う。
「私の夢は、世界一のパン屋になることですから」
 いろいろ研究しないと、と続けるリュシカ。
「もっともっと美味しいパンを皆に食べてもらいたいんです」
 “作りたい”ではなく“食べてもらいたい”と言う辺りが彼女らしい。
 ティトォは目を細めて彼女を見る。いつも以上に優しげな表情になった事を本人も気付いていないかった。風がくすぐったくて気持ちいい。

「メモリアのパン激戦区……あー、早くメモリアに着きたいですね!」
「まだ出発したばかりだけどね」
 こみ上げてくる笑いを抑えながら答えた。ぷわぷわした子だ。天然なのだろう。そこが面白い。
 夢かぁ、とティトォは思いを馳せた。
(そういえば、船着場で会った人も夢を熱く語ってたっけ……)
 ポコペムのジョギーといったか。少したれ目の、ナマズのような髭をした人だ。メモリアについていろいろ教えてもらった。
 他の国についても教えてもらったが、いつの間にか自分の自慢と夢の話になってしまった。夢を語る彼はとてもいい顔をしていた。思わず絵を描いてしまったほどだ。
 彼は、元気だろうか。

「……聞いてます?」
「うあわぁ」
 気付くと目の前にリュシカの顔があった。少し長めのまつげが判別できるほどに。驚いて心臓が鳴った。ぶつかりそうになったのを慌ててよける。
 よっぽど自分はぼんやりとしていたのだろうなと思う。話を聞いていなかった。
「ごめん……何?」
 リュシカは頬を膨らました。拗ねたように自分を見て、もう、と息を吐いた。 
「ティトォさんの夢って何ですか?」
「ぼく?」
「はい」

 夢。
 夢?

「……世界平和……かなぁ……」
 実際そのために旅をしているのだし。
 いや、そのためというのは少し違うかもしれないが。全体的な結果としてはそこに落ち着く。
 うーんとうなってリュシカは首を振る。
「そういうのじゃなくって」
 ふと気付けば太陽が真上にあった。光はさほど強くはない。シャワーとなって草原に降り注いでいる。
「もっと個人的なものですょ。やりたい事、ないんですか?」
 やりたい事――。
 絵を描くのは好きだ。でも夢とは違う。いつだって描けるし、今までだって描いてきた。

「どうだろう。考えた事、なかったから……」
 戦いが終わったら、夢を探すのも良いかもしれない。
 そんな事を考えたら、ちょうど次の町が見えた。

2003.4.8 // 夢、かあ。

ATP好きに15のお題 No.4 夢