お気に入り

 よく晴れた昼下がりの事である。
 
 
 広い平原を進む三人の人影があった。
 一人は緑の髪の少女、一人は帽子をかぶった幼女、一人は人とキツネの中間のような外見をしていた。顔の部分はキツネでしっぽまでついているが、二足歩行をしている。実はこの顔は面で、しっぽはアクセサリーだ。自分も付けてみたいと思う者もいるのだが、本人は嫌であるらしい。
 ほとんど全ての荷物を持つ彼の後姿を見ながら、アクアはニヤリと口の端を吊り上げた。
 そのままミカゼに突進する。勢い余ってミカゼが倒れ、上に乗った荷物のさらに上にアクアが乗る格好になる。
 
「痛てぇっ! 何すんだよいきなり!」
 不満げに声を上げるミカゼを見下ろしながら、アクアは笑顔で言った。
「喉渇いた。水汲んできて」
「えーっ、また俺がぁ? ってゆーかもう全部飲んだのかよ」
 ついさっき行かされたのはミカゼだった。その前もミカゼだった。その前の前もミカゼだった。いい加減うんざりだと声の調子が語っている。
 川沿いを歩けばすぐ水にありつけるが、道が少し険しい。無難な道を選んだ結果、水が必要な時は取りに行かなければならなくなってしまった。大抵その役はミカゼだ。一番体力がある上に足も速い。
 
 
「行かないっての?」
 見下ろすアクアは笑顔だ。
 自分が脅す時は、実は笑顔が一番恐いとアクアは知っている。飴玉なんて出してみれば効果は絶大だ。
 案の定、ミカゼの顔が引きつった。
 
「……行かせていただきます」
 満足げに頷いて、アクアは荷物の上から地に降りた。うっかりミカゼの手を踏んでしまったが、別に気にしないことにする。「痛ってぇ」と聞こえた気もするが気にしないことにする。
「私、手伝いましょうか?」
 リュシカが言ったが、ミカゼはそれを手で制した。
 というか水を運んでくるだけなので手伝いようがないだろう。
 ミカゼは荷物を降ろし、慣れた手つきで水筒を取り出すと川に向かって走り出した。彼の脚力は大したもので、十秒と経たないうちに見えなくなってしまう。
 
 
 風が吹いて草を揺すった。不快ではなくむしろ心地よい温度だ。
「やっぱりミカゼさん速いですねぇ」
 感心するリュシカの声を聞きながら、アクアはペンを走らせた。ティトォには悪いがスケッチブックを一枚ちぎらせてもらう。ペンも彼の物を借りた。
 ――それじゃあお先に。頑張って追いつきな。ばいアクア。
 ミカゼが下ろしたばかりの荷物の上に、跳ばないように挟んで置いた。こうしておけば必ず気付くだろう。
 くるりと進行方向に歩き出す。
 
「さあ、行くよリュシカ」
「ええ?」
 リュシカはミカゼが向かった方角と、アクアとを見比べる。
 ミカゼが向かった方角には当然風景しかない。
「ミカゼさん戻ってきてませんょ?」
 まだ一分と経っていないのだから当たり前だろう。帰ってくるのに五分はかかる。
 アクアは楽しそうに笑う。無邪気な笑みではない。悪魔的な笑い方だ。
 
 
「だから行くんじゃないか」
「……でも、はぐれちゃいますょ」
 一応ついては来るものの、リュシカは何度も後ろを振り返っている。けれどアクアは一度も振り向かない。見る必要もない。
「平気平気。鼻がいいからなんとかするだろ」
 第一、目的地は決まっているのだから、最悪そこで会えばいい。
 
「……」
 もはや言い返す気も無いらしく、リュシカは黙ってついてきた。
 風が逆向きに吹き始めた。向かい風だったのが追い風になる。こりゃあいい、とアクアは思う。楽ちんだ。
 後ろを歩いていたリュシカが、アクアの隣に並んだ。
 柳色の瞳がアクアを覗き込む。
 
 
「アクアさん、ミカゼさんで遊んでます?」
 リュシカのその問いに、ケケケという笑いで答えた。
「反応が一番面白いのさ」
 奴ほど遊んで楽しい奴はいない。
 
 
 だからあいつは、あたしの一番のお気に入り。
 
 
 
 
 
 
 
 
2003.4.6
 
ATP好きに15のお題 No.2 お気に入り