遠い遠い時間の向こう。
深い深い記憶の海の底。
過去が消えてしまっても、心に在るいつかの思い出。
「お姉ちゃーん、また歌聞いてよ-」
「またかい? 仕方ないねえ」
小さな姉妹二人のいつもの定位置は、主に段ボールと木箱でできた家の中の台と特設ステージだ。
所々はがれているし色も褪せていて、見た目はお世辞にもいいとは言えない。
しかし、2人にはそれで十分だった。
2人そろうだけで、それはどんな立派なステージにも負けない素晴らしいものへと変わるのだから。
「……うまくなってる。練習した?」
「えへへ。お姉ちゃんが帰ってくるまでずっと歌ってたんだー」
「ずっとかい?」
「うん」
アクアはポケットから飴を一つ取り出してアロアに渡す。
自分が食べるためにではなく、妹にあげるために持ち歩いている飴を。
「ほら。のどは大事にしなきゃダメだよ」
「うんっ。いつもありがと、お姉ちゃん」
好きで持ち歩いていた飴をあげるようになったのか、あげるために持ち歩いていた飴を好きになったのか、もう覚えていない。
大事なのは今こうして二人で飴を食べているということ。
日々は単調でつまらないと誰かが言っていたけれど、そんなはずはない。
「ね、今度はお姉ちゃんも一緒に歌おうよ」
「ええ? いいよあたしは聞いてるだけで」
「そんなこと言わずにさ。2人で歌ったほうが楽しいよ」
毎日はこんなにも楽しくて、日々はこんなにも幸せなんだから。
平和、というものは。
いとも簡単に崩れてしまうのだけれど。
時間についてはたくさんの意見があるらしい。その1つを、いつかティトォが話してくれた。
過去というのは消えていくもので、一見線のように私たちは認識していることが多い。
その上を自分達が移動して、過去はただその場所に在り続けるように捉えられがちだけれど、そうではない。
時は数直線の上にはない。
過ぎると同時に消えてしまう。
ただ記憶と結果が残るだけなのだ。
消えてしまった時には辿り着けないから、タイムマシンだって本当は不可能で、いつだって世界には今しかない。
グリンの魔法と矛盾するからその考え方は間違っているのだろうけれど。
時の魔法を使えない自分達には同じことだ。
どうしたって自分達には今しかないのだから。
所有できるのは過去でも未来でもなく、今というこの一瞬だけだ。
過ぎた過去には意味などない。
来たる未来に理由などない。
だけれど。
意味など、なかったとしても。
記憶とかその時の思いとか、話したこととかその時の笑顔とか、覚えていることは大切なんだろうと思う。
意味と価値に関連などないのだから。
1つを思い描くだけでこんなにも、
楽しい気分になったり嬉しい気分になったり、苦笑したくなったり切なくなったり、たくさんの気持ちが浮かんでくるのだから。
いつまでも、忘れたくない。
いつまでも、離したくない。
記憶は、自分だけのもの。
どうか一緒に過ごしたあなたも、同じ気持ちでありますように。
2004.4.9 // どうか、覚えていて。
*ATP好きに15のお題 No.15 いつか。