ううむ、とリュシカは内心首を傾げた。
視線の先にあるのは一枚の絵。
遠い異国の有名な人が描いたものらしい。
うっすらと黄みのかかった紙に黒とそれを薄めたような灰色で描かれている。水墨画、というのだそうだ。
たまたま立ち寄った町で開かれていた水墨画展。
ティトォの希望により入ってみたのだが、普段絵を描かないリュシカにはよく分からない。
ここに並べられている絵が上手くてティトォの絵がそうでないことくらいは分かるのだが、1つ1つの絵のどこがいいとか悪いとか、その辺のことになるとさっぱりだ。
とりあえず、すごいな、とは漠然と思う。
「どうして他の色を全然使わないんでしょうね?」
横で絵を眺めていたティトォに、他の人の迷惑にならないよう小さく声をかける。
白と黒の中に他の色。
それは綺麗なんじゃないのかと、思うのだけれど。
「……別に使っちゃいけないわけじゃないよ?」
「えぇ? そうなんですか」
「うん。岩絵の具なんかを混ぜてアクセントにする画家も結構いたと思うけど」
へえ。
今まで見てきた絵にそれがなかっただけなのか。
リュシカは再び絵に目を戻す。
どこかの山の滝が一面に描かれている。
濃淡や植物や岩肌が細々と画面の枠として存在し、中央にあるのは白。
白い、滝。
色のない白黒の世界。
これは作者のこだわりなんだろうか。
ちらりとティトォの方をうかがうと、彼はまだ絵をじっくりと眺めている。
これ1枚に限らず、ティトォはリュシカよりも絵を見る時間が長い。
一体絵のどこを見ているんだろう。
ただ見ているのではなく、観察、といっていい。
1枚1枚、そこから吸収できるもの全てを取り入れようとするかのように、真剣に見続けるのだ。
……そういえば。
絵を見ているときの彼の表情は、普段の優し気な顔とも、戦いの時のそれとも違う。
例えば近くに住んでいた大工のカルザスさんが仕事をしているときの表情とか、花屋のソーリアさんがブーケを作っているときの表情とか。
そういったものに似て。
視線に気付いたのかこちらを向いたティトォと目が合った。
「あ……ごめんね、退屈だったら休憩所で休んでていいよ」
そう言いながらティトォは次の絵の前に移動する。
「いえ、平気です。好きなだけ見ててください」
また同じように横に並んでその絵を見る。
適当なところで切り上げて絵からティトォの顔に目を移す。
しばらくしてティトォがそれに気付いた。
「ぼくの顔に何かついてる?」
「いえ全然」
「じゃあ、何?」
「気にしないでください」
「気になるよ」
「気にならないって思ったら気になりませんょ」
「無茶言わないでよ」と言いつつも、ティトォは再び絵の方に向き直る。
視線が止まったり動いたり。
まばたきする時間も惜しむかのように、真剣に見入る。
その道が本当に好きで仕事をしている人たちの見せる、職人の顔。
真剣なその表情は純粋にかっこいいと、思う。
「……やっぱり気になるんだけど」
「気にしないでくださいってば」
よく分からない絵を見ているよりも。
絵を見ているときのティトォを見ている方が、よっぽど楽しい。
そう思いながらリュシカは次の絵に移動したティトォの隣に並ぶ。
2004.4.2 // もう少し、このままで。
ATP好きに15のお題 No.10 白黒