「プリセラさん、スポーツドリンクお持ちしました」
いつものようにトレーニングをしていると、サンが盆を持って現れた。
小さな黒い盆の上に、透き通った液体の入ったコップがひとつ乗っていた。
「ありがと、ちょっとだけ待って」
逆立の格好のままそう言うと、サンは「はーい」と言って草の上に腰を下ろす。
プリセラは逆立腕立て伏せをきりのいい回数まで続けてから、サンの隣に座った。
座るだけで急に体が重くなったように感じる。
回数よりもその感覚が、トレーニングにかけた時間を感じさせた。
日はまだ高い。
少し、ペースをあげすぎただろうか。
サンの持ってきてくれたコップの中身をすべて飲み干した。
喉を流れていく冷たい液体。
す、と体とともに心も静まっていく。
「ありがとね」
「いーえどういたしまして。このサン、プリセラさんのためとあらばいつでもどこでも何でもお持ち致しましょう」
「どこでもって、地の果てでも?」
「ええ、もちろんですとも」
芝居がかった口調で言われ、プリセラは吹きだした。
つられたのかサンも笑い出して、そのまましばらく2人でクスクス笑う。
流れていく風が気持いい。髪をさらって頬に触れてくすぐったい。
降る陽光は春のそれ。
流れる時間がその長さを取り戻して穏やかで。
飲み終わったらすぐトレーニングを開始しないと、時間がもったいなくはあるのだけれど。
のだ、けれど。
「……プリセラさん?」
草の上に横になると、地面から生える草の葉はまだ若く柔らかで、内に含んだ水分がひんやりと肌に触れる。
「髪、汚れますよ」
「洗えば一緒よ。髪に土のついた女は嫌?」
「俺は別に……構いませんけど」
そう言って、サンも背中を土へと倒した。
ちらりと横に視線を向ければ、見えるのは彼の横顔。
トレーニングの最中の時間はとても性急で、気が付いたときには“さっき”はずっと遠くにいる。
“あとで”と決めた時間もとっくに通りすぎてしまっている。
だから。
例えば星を眺めるときや空の雲を数えるとき、鳥と一緒に唄うときやこうして彼と過ごすとき、時間の流れはゆるやかで静かなものへと変化をとげる。
「気持ちいいですね」
空の青と雲の白と、草の緑と木の茶色。
「……うん。たまにはいいよね、こういうのも」
「たまにと言わず、俺は毎日でも大歓迎っすけどね」
目を丸くして隣を見るとサンが少しはにかんで笑ったので自分も笑った。
「たまにだからいいのよ、こういうのは」
「……そうですか」
彼が残念そうに肩を落としたので、プリセラは片目をつぶってみせる。
「だから時々、ね?」
「じゃあスポーツドリンクは絶対欠かさないようにしないといけないですね。でないと持ってくる物がなくてここに来られません」
ふふ、とプリセラは柔らかく笑った。
ゆっくりで、それでいて速く流れていく、そんな安らぎの一時。
2003.5.7 // とても、心地よい時間。
ATP好きに15のお題 No.3 和み