矛盾命題

「っていうか俺って一体何のために頑張ったのかわかんねえっつーの!」
 
 
 キノコ村となった自身の村の喫茶店で、試しに注文してみたキノコブリュレを待ちながら、ミカゼは空を仰いだ。
 その姿を見ながらディトォは口元まで出てきた笑いを手で隠す。
 キノコ村としてヤマクイダケを利用した結果、ミカゼがティトォを連れてきた意味がなくなってしまったのだ。
 喜ぶべき所なんだろうとティトォは思うし、ミカゼも分かってはいるのだろう。ただ、釈然としないだけで。
 
「ミカゼって猪突猛進型だよねえ」
「は、ちょと……?」
 呟いた言葉に、ミカゼは視線を前に戻して目をしばたく。
 つい思ったまま口に出してしまったことと彼の反応に苦笑し、ティトォは言葉を次いだ。
 
「いや、真っ直ぐな性格してるよねって思ってさ。白か黒かはっきりしないと嫌な方じゃない?」
「そうかも。そんなん分かるのか?」
 分かるも何も、即座に頷いてしまうことからも一目瞭然だ。他にも挙げればきりがないくらい逸話はある。
 こうも真っ直ぐだとついからかいたくなってしまう。道中入れ替わるまで、散々彼で遊んでいたアクアの気持ちがわかる気がした。
 
 
「そうだ、「クレタ人の嘘つき」って話は知ってる?」
「何だそれ」
 それはふと思いついた質問だ。彼ならどう答えるだろう、この答えのない矛盾した問いに。ティトォは小さく笑みを浮かべると、問いを口にした。
「『クレタ人は嘘つきだ』とクレタ人は言った。さあ、クレタ人は嘘つきか否か?」
「えー……っと」
 案の定ミカゼは眉をしかめて腕を組んだ。うーんとかえーっととかうめきつつ、今度は頬杖をついて考え込む。
 
 ゼノンという古代の人間が考え出したパラドックス。一部の人間の間では有名な話だ。
 なぜ有名かといえば、正直とも嘘つきとも証明できない矛盾した問いだからだった。
 
 
 クレタ人が嘘つきだと仮定すると、クレタ人は「クレタ人は嘘つきだ」と言う言葉が嘘になり、クレタ人は正直だとされてしまう。この矛盾から、クレタ人は嘘つきではない。
 ではクレタ人が正直だと仮定すると、「クレタ人は嘘つきだ」と正直に述べたわけだから、クレタ人は嘘つきだということになってしまう。この矛盾から、クレタ人は正直ではない。
 
 
 クレタ人は嘘つきではない。正直でもない。
 しかし、どちらかでなくてはならない。
 答えのない矛盾した命題。
 それは世界に似ているとティトォは思う。どんなに考えても、どちらを選択しても矛盾や問題が起きることはよくある。
 
 本当は正しいことも悪いことも、世界にはないのかもしれない。
 同時に正しいことも悪いことも、世界にはあるのかもしれない。
 思考の底なし沼に入りかけたティトォを、ミカゼの突然の声が引き戻す。
 
 
「分かった! 「『クレタ人は嘘つきだ』とクレタ人が言った」って言った奴が嘘つきなんだ!」
 
 はい?
 何ですと?
 
 少し飛躍したミカゼの答えに一瞬目を点にして、ティトォは思わず吹き出した。
「はははははは! それ答えになってないよ。結局クレタ人が嘘つきなのか正直なのか分からないじゃない」
 テーブルに頬杖をついて、ミカゼは口を尖らせる。
「だってどっち考えても変じゃねえか。つーことは本題がまず間違ってるってことだろ?」
「そうとも限らないんだけど。はは、面白い答えではあるね」
 
 命題を出した人間が嘘つきだ、なんて。そんな回答は聞いたことがない。
 そもそも回答として間違っている。
 けれど。
 もしかしたら世界には、「第三の回答」なんてものも本当はあるんじゃないかって思えるような、そんな不思議な力をミカゼの言葉は持っていて。
 
 
「本当……君といると退屈しないよ」
 おかしいようなそうでないような嬉しいようなそうでないような、複雑な心境で呟いたティトォの言葉と表情は、キノコブリュレの到着にかき消された。
 
 
 
 
 
2003.10.11 // 君だったから、アクアも力を貸したのかな。