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風に乗って流れる音律が心を優しくなでていく。
ティトォは口笛はそれほど得意ではなかったけれど、隣に立つミカゼやリュシカは不快な顔一つせず聞いてくれていた。
メモリア城の屋上からは城下町が見渡せ、その向こうには緑色の大地と天色の青空が広がっている。
前にここへ来たのはいつだったろう。バレットはまだ若くて、魔法の腕はまだ未熟だった。
いつか彼と見た景色とは違っているけれど、変わらないのはその印象だ。
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人も建物も木も生き物も皆小さくて、広がる大地と空は雄大で。
自分たちがとてもちっぽけに見え、美しい景観がたまらなく愛しい。
『俺はここからの眺めが好きだ。景色と、そこに住む人達が』
そう言って笑った彼の瞳に王を見た。
生まれからくるそれではなくて、人柄としての器の大きさを。
だから守りたいんだと彼は言った。君ならできるよと自分は答えた。
バレットがどんな風に王座に座っていたかは考えるまでもない。
国の人達とこの景色を見るだけで十分だから。
城下の明るい声と昔以上に美しい景色と変わらない彼の性格、そして彼の部下たちの表情が、ティトォの知らない空白の時間を何より雄弁に語っている。
―――♪――♪―♪――♪――♪
口笛は風にとけて消えていく。
シャボン玉のように漂って、濡れた布が乾くように音の波を失って。
どこか儚く思えるのは、この穏やかな音律のせいだろうか。
口ずさむたび思い出すのは遠い記憶だ。
死なせてしまった人たちの笑顔と声、それから丘の上から見下ろした美しい街。
――♪――
メロディが終わって、吹いていた口を閉じた。
音が消え、代わりに屋上には静かな風がやってくる。
髪をゆらす穏やかなそれは、景色の向こうで草木をなでていった。
しばらくしてリュシカが微笑んで言う。
「きれいな曲ですね」
「それ、何て曲だ?」
続けたのはミカゼで、広がる景色に目を向けながら答えた。
「……“記憶の破片”っていう、ぼくの国の歌だよ」
「へー。歌詞もあんのか?」
「あるなら聞きたいですょ」
「え、歌えってこと?」
「口笛吹いてた奴が何言ってんだ」
「う」
少し気恥ずかしさがないでもなかったが、小さいころ覚えた歌をゆっくり口にした。
口笛と同じように空気にとけて消えていく。
上を見上げて歌ったら、空にも届くだろうか。
――♪――♪――
一緒に歌った彼らへ、風に乗せて贈る唄。
どうか、届きますように。
2005.1.4 // どうか、どうか。