ふと思った。
どうして星は、流れるのだろうと。
辺りは静かで、何の音も聞こえない。
――“10日以内にそこより東、シュバ地方にやってこい。広大な岩地があるそこで俺は待つ!!”
アダラパタの伝えたジールボーイからの伝言を聞いて、アクアが一人で行ってしまってから、いろいろなことが次々にリュシカの頭に浮かんでは、解決されないままぐるぐる回り続けている。
どうしたらいいんだろう、あたしは。
何度目になるかしれない疑問を自分に投げ掛け、また答えを出すことが出来ずに、幾度目になるかしれないため息を吐いた。
戦力外だと言われた。
いるだけ邪魔だと。
確かに自分は強くないし、ジールボーイとの戦いで、役に立てるとは思わない。
だけれど。何もしなくていいのだろうか。
こんな中途半端に別れていいんだろうか。
あたしは何のためにここまで来たんだろう。
「星……」
いつの間にか空は暗い色に埋め尽され、ほんの少しの小さな星が点として存在している。
今宵は新月、光より闇の勝る影夜。暗すぎて、影とそうでない部分が一体化してしまっているような、そんな夜。
大地を明るく照らすには、星の存在はか細すぎて。
「……本当だ、気付かなかった」
リュシカの向かいに座っていたミカゼが顔を上げた。
その表情はこの暗さのためによく見えない。
でも見えなくてよかったのかもしれないとリュシカは思う。
こちらの顔も、きっと見えないだろうから。
星。
おばさんが星を見るのが好きだったから、リュシカも星は好きだった。
おじさんが優しく教えてくれたから、星の名前をリュシカは覚えた。
こいぬ座のプロキオン、おとめ座のスピカ、おおいぬ座のシリウス――
「そういえば、死んだら星になるんだよっておじさんたちは言ってました」
あれは飼っていたウサギが死んでしまって泣いていたときだったろうか。
――死んだら星になって皆を見守ってくれているから、いつだって一緒だよ。だからもう泣くのはお止め。
「もしそうだとしたら、どうして星は流れるんでしょうね」
本当は、そうでないことをリュシカは知っている。
見える星はずっと遠い遠い太陽のようなもので、光が遠い距離をやってくるから、小さな点として自分達は見ることができるのだ。
死んだら土に還るだけだし、ここから見える遠い遠い星の1つになんてなれっこない。分かっている。
こんなのは感傷だ。
「……願いがあるから、かもな」
天の大海を見上げながら、ミカゼがぽつりと言った。
「どういう意味ですか?」
「流れ星に願いをかけると叶うんだろ? 流れる星には自分が流れてしまっても、叶えてやりたい願いがあるからかもなって。……思い付いて言っただけなんだから、あんま本気でとるなよな」
叶えたい理想、夢、希望。
叶えてあげたい願い、想い、気持ち。
それがあるから星は流れ、文字通り希望の星となる。流れてしまっても、彼らの願いは形となる。
そんなことが本当にあるはずはない。けれど、本当にそうなのだとしたら。
「あーもう! なんかぐしゃぐしゃして仕方ねぇ」
突然立ち上がったミカゼにリュシカは目をしばたいた。
「俺ちょっと走ってくる。リュシカも来るか?」
走る、今からこんな暗い中を?
何て無茶を言うんだろうこの人は。
苦笑してミカゼを見上げて言う。
「あたしはいいです。そもそもあたし、ミカゼさんになんてついていけないですょ。行ってきてください。あたしは大丈夫ですから」
「けど夜に女の子1人じゃ危なくないか?」
「大丈夫ですってば、あたしだって魔法使いですょ?」
サンはとっくに街へ行ってしまったから、ここに今いるのは自分とミカゼの2人だけだ。ミカゼはそれを案じてくれたのだろうけれど、盗賊や追いはぎにあったって並の相手なら負ける気はしない。むしろ気の毒なのは、加減が上手くできなさそうな今の自分に追い払われる彼らかもしれない。
「分かった。じゃあちょっと行ってくる」
しばらく迷っていたが、そう言ってミカゼは歩き始めた。
すぐに足音は小さくなり、再び静寂が訪れる。
星が流れるのは――
誰かの願いが自分と同じだから、誰かの願いを叶えることで自分の願いも叶うから、だから、星は。人のためというよりも自分のために、星は動くんだろう。
ならば自分は?
あたしは、どうしたいの。
どうすべきかじゃなくて、どうしたいの。
星を見上げながら、リュシカは自分に問い続けた。
+ + +
走っていれば悩みなんて忘れられた。
走ることに集中していれば迷いなんて消えていった。
だからいつだって何かあるたびに自分は走ってきた。
「くそ……っ」
だけれど、今回に限っては走ったくらいで気持ちは晴れなかった。
自分は何を迷っている?
自分は何を悩んでいる?
彼らに自分は何と言った?
彼らと自分は何を約した?
けれど。自分に何ができる――?
自問しながら走り続けていたが、急に視界が開けてミカゼは走りを止めた。
いつのまにか坂道を登っていたらしく、開けた高台にたどり着いたようだった。
少し離れた眼下には小さな町の明かりが見えている。
点々と光るその明かりは、上から眺めると空の星雲に似ていた。
ある範囲に集まった星達の群れに。
――どうして星は流れるんでしょうね。
リュシカが先ほど呟いた言葉が頭をよぎる。対した答えは本当に思い付きでしかなく、気まぐれでしかなく、理由のないものでしかない。
「願い、か」
グリ・ムリ・アをぶっ倒すと少女は言った。
大地を守りたいと少年は言った。
彼らの言葉の意味を知りたくて、彼らの戦いの助けをしたくて、ここまで来た。
けれど足手まといにしかならないのなら行かない方がいいに決まっている。
足を引っ張る枷にしかならないのなら。
でも本当にそれでいいのか、本当に何もできないのか――?
自分は確かに弱いんだろう。
けれど、それでも、何か、少しでも。
「……」
ため息を一つ吐いて、もう一走りしようとミカゼは思った。
リュシカはまだ、あの場所にいるだろうか。
+ + +
「それが……もしそれが、本当に女神の仕業だったら……女神と戦わなくちゃいけないのはあたしです」
「マジ!?」
「素手でヒビ入れやがった!」
+ + +
青く澄んだ空には日が高く、風は穏やかに頬をくすぐり、草花はめいっぱい葉を誇る。
夜とはうって変わって光の降り注ぐ大地の上では、動物たちがそれぞれの時を生きていた。
地上の動物達と鳥の声の合唱が、静かに辺りを包んでいる。
「シュバ地方、ってリュシカは知ってる?」
「んーと、名前くらいなら知ってますょ」
朝日が出た頃に一旦別れてから、長い道の途中で再び会った2人は少し速足で歩いていた。
10日以内にシュバ地方の岩場まで行かなければならない。しかもただ行くのではなくて、昨日出発したアクアに追いつかなければならないのだ。
「まぁ変な所でもなきゃ迷ったりはしねえだろ」
「そうですねー」
心は決めた。
だから、あとは進むだけ。
2003.11.18 // ――さあ、行こう。
ATP好きに15のお題 No.11 星