時を短いと思ったのはずいぶん久しぶりな気がする。
 
 
 長い長い時間を生きて、時間の感覚なんかとっくに失くして。
 いつしか時計を見こともしなくなっていた。
 前に時計を見てから少ししか経っていないことを知るだけなら、最初から見ない方がいいと思ったから。
 
 時間は、長い。
 そう思っていた。
 
「ティトォさん、あっちにパン屋さん発見ですょ。さっそく研究しなきゃです!」
「研究って……素直に食べたいって言いなよ」
 
 
 笑みを浮かべながら言って、ティトォはリュシカが指さした方向に視線を向ける。
 店の前には木造りの看板がちょこんと吊られている。
 手作りらしく字の大きさや形が少しいびつだ。
 けれどその分、優しいあたたかさを感じさせる看板だった。
 
「あういうお店のパンって、おいしいんですょー。こう、なんて言いますか、あったかい感じで」
「で、食べたいんだね?」
「研究ですってば!」
 
 口をとがらせてリュシカが言い返してくる。
 昼食を食べてからまだ1時間も経っていない、というか、食べたのはついさっきだ。
 さすがにお腹はまだ空かないこのタイミングで、さらに食べたいとは言いづらいらしかった。
 
 
「どうせ今日はこの町に一泊するんだし、夕食の時にしたら?」
「う……それもそうですね」
 
 少し未練がましい目でちらりとパン屋を見てから、リュシカは辺りを見回した。
 その目線が止まったところは、町全体から見ることのできる時計塔だった。
 
「じゃあ、6時にここに来ましょう!」
「……パンの焼き上がる時間だね。分かったよ」
 
 とりあえず今日の宿を見つけて買い物をして、とティトォはしなければならないことのリストを頭の中で考える。
 荷物を置いてしまいたいから、まずは宿を見つけたい。
 となると宿が並んでいそうな場所へ――
 
 
「ティトォさんティトォさん、あれおもしろそうじゃありませんか?」
 服を引っ張られ、今度は何を見つけたのかと視線を動かす。
 町の公園の噴水の前に人だかりができていた。
 よく見れば何か見世物をやっているらしい。
 
 近寄ってみると、猿が上着を着て芸をしていた。
 逆立ちしたり、頭に手を当てて『反省』のポーズをしてみたりと、次々と猿回しのいう通りに動いて見せる。
 猿回しと猿の息の合った芸は、なかなかに面白かった。
 
 見物料を少し払ってその場を離れてからも、リュシカはいろいろなものに目を止める。
 変わった店とか占いの館とか、公園とか広場の出店とか。
 
 リュシカに付き合って街を回っているうちに、気づいた時にはもう日の暮れる時間になっている。
 ふと時計塔の針を見て、かなり時間が経っていることを知った。
「あーっとティトォさん! そろそろあのパン屋さんに行かないと!」
「ちょいちょいリュシカ、まだ宿も決めてな……」
「さぁ行くですょ!」
「……もしもーし」
 
 旅に出て、リュシカと出会って。
 時間はいくらあっても足りないのだということを思い出した。
 彼女と過ごす時間はとても楽しい。
 時が過ぎるのを忘れてしまうほどに。
 
 
 そして、ずいぶん久しぶりにこう願う。
 
 
 ――時間よ、止まれ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2004.11.28 // とても、とても楽しくて。
 
抽象名詞で10題 No.06 時