ようやく次の町に着いた。
道中アクアにこき使われたりこき使われたりこき使われたりと大変なこともあったが、とりあえず今日くらいは宿でのんびりしたいところだ。そんなことを考えながら、リュシカは大きく伸びをする。
「宿ってどこにあんだろうな。その辺の人に聞いてみるか?」
その声が聞こえて、リュシカはミカゼを見上げる。
そう、見上げた。
…………。
前から思ってたけど、ミカゼさんって。
「……リュシカ、俺の顔に何かついてる?」
「あ、いえ、別に」
「じゃあ変なことでも言った?」
「そんなことないですょ。ただ、ミカゼさんって背が高いなーと思いまして」
「背ぇ?」
ミカゼが目を丸くして聞き返してくる。
そんなに驚くようなことだろうか。
「はい。あたしやアクアさんより大きいですし、ムジナの穴の皆だってもっと小さいですし」
ミカゼは困ったように頬をかく。
「それは比較対照がおかしいんじゃ……」
そうだろうか。
じゃあ別の人について考えよう、そうだティトォはどうだっただろう。
リュシカは首をかしげながら、ティトォと一緒にいたときの見上げ具合を思い出してみる。
彼も自分より背が高く、話すときは自然と見上げる形になっていた。
ティトォとミカゼ、どちらの背が高いだろう。
身長というのは自分より小さいとある程度まで分かるのだが、見上げる側から見るとどちらがどれくらい高いのかというのは分かりにくい。
遠目で並んでいるのを見れば分かるのだけど。
ティトォ本人がここにいないので並んでもらうわけにもいかない。
どっちだろう。
リュシカは腕を組んで考える。
うーん。
たぶん……ミカゼ。なんとなく。イメージ的に。
「リュシカ、聞いてる?」
「えっあっはい! ミカゼさんのほうが高いと思います」
慌てて返した答えに、ミカゼは「へ?」とぽかんと口を開けた。
「リュシカ、聞いてないなら聞いてないって言いな」
アクアにも注意されてしまう。
あれ? 全然違う話をしてた?
うわあ恥ずかしい。
思わず顔がほてってしまう。
「何、まだ考えてたの?」
笑いをこらえながらミカゼが言う。
「だって……背が高いの、うらやましいんですもん」
そうか? とミカゼは首を傾げる。同意を求めてアクアを見たが無言しか返ってこなかった。仕方がないので、一人で主張を続ける。
「うらやましいですょ。だって背が高いのって頼りがいがあってかっこいいじゃないですか」
アクアがちらりとこちらを見た。
何だろう。
「そーかあ? つか俺別に高いほうでもないんだけど。いいじゃん低くても、その方が可愛いし」
「そ、そうですか?」
またアクアがちらりとこちらを見た。
何だろう。
「そーそー、女の子なんだし身長なんて気にしなくても……ん? 何?」
ミカゼの話が途切れ、どうしたのだろうと思って見ると、アクアがミカゼの服を引っ張っていた。
「ミカゼ、あれ食べたい」
指し示しているのは公園の露店だ。
こじんまりした白い建物にカラフルな屋根。
店の横ではアイスクリームと書かれた旗がゆれていた。
店をのぞいているのはほとんどが子供連れのようだ。
「……食えば?」
「買ってこいって言ってんだよ」
「えー」
不満の声を上げたミカゼの向こうずねをアクアが蹴飛ばした。
ごんと音までしてミカゼは声にならない悲鳴を上げる。
毎度のことながら痛そうだ。
しばらくすねをかかえたまま固まるミカゼを見ながら、リュシカは苦笑するしかない。
「その程度で痛がってどうするんだい」
アクアがしれっと言い放つが、その程度って音じゃなかったような。
……と、思ったが恐いから言わなかった。ごめんなさいミカゼさん、と心の中で謝っておく。
「わかったよ。で、何?」
「あたしはチョコマーブル」
「はいはい。リュシカは?」
「じゃあラムレーズンお願いします」
ちらりとアクアがこちらを見るので、リュシカは疑問に思いつつ首をかしげる。
気のせいだろうか。
先程からアクアの視線が痛いような。
ミカゼは全く気付いていないようで、んじゃそこで待っててと言い残して店の方へ駆けていく。
走らなくてもいいんじゃと思ったが、すぐに彼は少し離れた店の前に辿り着いたようだった。
「時に、リュシカ」
「……はい?」
アクアが振り替える。しかも、満面の笑みで。
――アクアさんが笑いかけてくださった……!?
普段怒られたり怒鳴られたりしてばかりだったのでかなり嬉しい。つい顔がゆるむ。
でも、なぜに?
たっぷり間をとってから、アクアはすっと表情を変えた。
「……あげない、からね」
その表情を例えるならまるで童話に出てくる氷の女王のような。
ゆるんだ表情のまま固まるリュシカのまわりの温度が一気に下がり、北極のブリザードが吹き付けた。
ダイアモンドダスト。
寒い。
とっても。
非常に。
その表情を見て、ようやくアクアの視線が痛かった理由に思い当たった。
ひょっと、して。
今の会話はとんでもない失言だったのではないだろうか。
すうっとリュシカの顔から一気に血の気が引いていく。
「ご、誤解です! あたし、そんなつもりは……!」
アクアはつんとそっぽを向いた。
やばい怒ってる。
「アクアさーん!」
そして幸か不幸か早々とミカゼが戻ってきてしまった。両手にアイスを持って。
早い。速いのは足だけではない。
「……どうした?」
「べっつにー」
そっぽを向きながらアクアが答え、ミカゼが首を捻ってからリュシカに耳元でささやく。
「なんかアクア怒ってない? ちょっと遅かった?」
「そんなことはないと思います」
むしろ早すぎる。
もっとゆっくりで良かった。ミカゼがいては言い訳がしづらいではないか。
ふとミカゼの手元を見ると、持っているアイスはチョコとラムレーズンの2つだけだった。
チョコがアクアで、リュシカはラムレーズン。と、いうことは。
「あれ? ミカゼさんの分は?」
「持てなかったからやめといた」
「え……悪いですょ。あたしはいいですからミカゼさんが食べてください」
「や、いいって」
「でも」
「いいって。どーしてもって言うなら、リュシカのを一口もらうからそれで」
……ええ!?
何を言いだすのだ。
それって俗に言う――
ミカゼは友達だし、ムジナの穴では金欠のためそんなことしょっ中だったし、リュシカとしては別に構わない。
のだけれど、だけれど、先程から、視線が。
アクアが目を細めながらこちらを見、それからすたすたと歩き出した。
「本人がいいって言ってんだからそれでいいじゃないか。ほら、行くよミカゼ」
もう名前も呼んでもらえない。
「あ、アクアさーん誤解です誤解なんですー!」
「さーあ聞こえないね」
「お願いですから聞いてくださいょ!!」
「何、何なわけ?」
これからはもっと会話にも気を付けよう。
アクアの後を追いながら、そう決意するリュシカだった。
2003.5.21