ずっと眠ってた分の勉強を、しなければいけないのは分かってるけど。
好きじゃないしつまらないし。
ちょっとくらい出かけたい。
そんな衝動にかられることは、たまにどころではない。
勉強を抜け出し、誰にも見つからないようにと気をつけていたはずだったのに、
「ど、どうも……」
マルチーノに会ってしまった。
グリンは苦笑に失敗したような表情を浮かべ、もと来た方向をちらりと見る。
急いで引き返すべきだろうか、でもあっちには絶対ハワードが。
彼女がワゴンを押しているところを見ると、これからお茶を持ってきてくれるところだったらしい。
目をそらしたまま、マルチーノがおずおずと言う。
「グリン様、あの……これからメモリア史のお時間では……」
そうなんだけど。
そうなんだけどでも。
走れば抜けられるだろうが、誰かに言いつけられてはたまらない。
どうごまかそうかと急いで頭を動かして、ある考えが頭に浮かぶ。
もう一度考えてみて、悪くないとグリンは一人頷いた。
「今日はいいんだ。それより今から城下町行くんだけど、マルチーノも一緒にどう?」
「ええっ!?」
そうだ、彼女も共犯にしてしまえばいいんだ。
うんうん。
なんていい考えなんだろう。
一応返事を待ってみるが、なかなか返ってこない。
よく見れば、彼女は思考が停止したように固まっていた。
「もしもーし」
顔の前で手を振ってみると、はっと気づいて顔をあげる。が、それも一瞬のことで、すぐに伏せられてしまう。
「あ、あのあのあの、わ、私は」
「いいじゃんたまには」
こんなところでぐずぐずしてたら、絶対ハワードに見つかってしまう。
その前に抜け出さないと、とグリンはマルチーノの手首をつかんで歩きだす。
「ああああの、グリン様!」
マルチーノの抗議の声が聞こえたが、急いでいるのだ。文句なら城を出てから聞こう。
「いいから来いって。早くしないと見つかっちゃうじゃんか」
引っ張って歩きながら、角を目指す。
その向こうの階段を降りれば出口は近い。
あとは兵士に見つからないようにしながら抜け道を通れば、自由だ。
角を曲がって階段を降り、十字路になっている廊下を急いで抜けようとした時だった。
「こら、どこ行く気だ!」
後ろ襟首を急に捕まれ、一気に首が絞まる。
――あちゃー……。
おそるおそる振り向くと、案の定ハワードが眉を吊り上げて自分を見下ろしていた。
あーあ、今日はここまでかと諦め混じりのため息を吐く。
「このバカ王子、また逃げる気だったな!?」
「いいじゃんちょっとくらいー」
「よくない! ……と。とりあえず手を離してやれ」
「手?」
そういえばさっきから、マルチーノの手首を握りっぱなしだったことに気づいて、手の力をゆるめる。
するとすぐに手を引っ込められてしまった。
少し、残念。
「マルチーノは男が苦手なんだって言っただろうが。なのに手をつなぐとか何考えてんだ」
真っ赤な顔をうつむけたまま、マルチーノはぺこりと一礼する。
「あの、気にしないでください……私、これで失礼します」
言うが早いか身をひるがえすと、ぱたぱたと廊下をかけていく。
その姿を見送って、グリンは口をとがらせた。
「あーあ、もうちょっとだったのに……」
「もうちょっとだったのにじゃねえよ。つーかマルチーノも連れて行く気だったんじゃないだろうな?」
「そうだけど」
それがどうしたのかと思いながら見上げると、ハワードはあきれた顔で息をはく。
「あのなあ……あのコも仕事があるんだからな。お前に付き合ってサボったら怒られるだろ」
仕事。
あ、そっか。
そういえばそうだったかと思う。
でも自分が無理やり連れていったって言えば平気なんじゃないだろうか。
「止めなきゃいけないところをついていったら余計怒られるだろ」
考えを見透かしたようにハワードが言って、後ろ襟首をつかんだまま元来た方へと引っ張って歩きだす。
こうなってはあがいても無駄なだけ、というか課題がどっさり出てくるだけなので、おとなしく連れていかれることにした。
いい考えだと思ったんだけど。
出かけられなかったことが残念で、あーあと肩を落とす。
「じゃーさハワード」
「あ?」
「仕事のない日なら誘っていいのか?」
一人ででかけるのも気ままでいい。
気兼ねする事なく好きなところに好きなだけいられるし、何をしてもいい。
けれど、誰かと出掛けるのもすごく楽しいのだ。
買い物をするにも何かを観るにも感想を言い合って、歩きながらしゃべって。
彼女と出かけるのも楽しいんじゃないかと、なんとなく思う。
「……そういうことは俺じゃなくて彼女に聞けよ」
「ん」
引きずられながら、マルチーノが非番なのっていつだろう、とグリンは首をかしげた。
2004.8.30 // 次こそは一緒に遊びに行きたい。