【サンプル】Let’s Time Slip!

「……海か、これ?」
「広いですねー……」
 
 
 目の前に広がるのはただ空の青と海の蒼だけだった。遠く視線の先で水平線が真っ直ぐ伸び、視界を遮るものは何もない。トラン湖やデュナン湖も広いと思ったものだが、そんなレベルの話ではなかった。ただ、広い。波と雲と青い色、それだけしかない。
 さて、周りの風景を把握したところで考えよう。
 
 
「……どこだ、ここ?」
「どこでしょうねー……」
 
 
 リュウ=マクドールはがくりとうなだれ、黄色のスカーフを首に巻いた少年は力なく苦笑した。反応はそれぞれだったが思ったことはきっと同じだったろう。
 
 ――ビッキー……ッ!!
 
 またか、またなのか? どうしてこう彼女はとんでもないところに人を飛ばせるのが得意なんだろう。
 リュウは自分のテレポート運は決して悪くないと思っているし、解放軍時代だってめったに失敗されることはなかった。けれど、たまの失敗が毎回ひどい。
 前は標高何メートルか分からない山の上に落とされて遭難しかけたし、すり抜けの札を持ってない時に限って真っ暗な洞窟の中に飛ばされるし、果てに一度はタイムスリップまでさせられたこともある。
 さあ、今度はどこだろう。
 
 
 ちょっと気持ちを落ち着ける意味も兼ねて、少し今日のことを思い返してみよう。
 
 
 
     *
 
 
 
 始まりは、朝と呼ぶには日が昇りすぎた時刻。
 
「僕の子供の頃?」
「そっ。カインってどんな子供だったんだ?」
 
 少し遅い朝食を食べながら、リュウは黒い服と赤いはちまきを身につけた群島生まれの少年にそんな話を振った。
 グレミオにいい加減起きなさいと言われて一階に下りたら、もうクレオたちは皆とっくに食事を終えていた。しかし一人で食べてもつまらないので、丁度そこにいたカインに付き合ってもらった。
 薄茶色の髪と海に似た青い瞳。見た目こそ十六、七の少年だが、カインの実年齢はすでに百五十に届いている。彼の小さい頃というと自分どころか親さえ生まれていない。
 あまり感情を表に出さない彼の性格は昔からだったような気もするが、どんな子供だったのだろう。
 カインはコーヒーカップを受け皿に戻すと、少し考えるように首を傾げた。
 
 
「……可愛くない子供だった、かな」
「ふうん?」
 
 容姿の話ではないはずだ。カインは格好によっては女性に間違われそうなほどきれいな顔立ちをしているし、小さい頃はそれはもう可愛らしかったのだろうと想像できる。
 要するに性格。実際より大人びた子供だったのかもしれない。彼らしいなと思いながら、リュウは残っていたパンを腹に全て収めた。
 
 
「リュウは?」
「俺か? 俺は……うん、それはそれは可愛らしい子供だったぞ」
 
 一瞬迷ったけれどリュウはそう言ってにっこりと笑みを作った。が、次の瞬間「……ええそうですね」と皿を下げに来たグレミオの呆れたような声が飛んでくる。タイミングがいいんだか悪いんだか分からない。
 
「庭に大きな落とし穴は作るわ木登りで枝を毎回折るわ、物は隠すわお勉強の時間に遊びに行くわ、それはそれはもう、これ以上ないくらい可愛らしいお子様でしたよね」
 
 にこやかながら何だか口調に棘がある。しかしそれには気付かないフリをして、笑顔のままダイニングの入り口をリュウは振り返った。
 
「そ、そうだろうグレミオ」
「テッドくんがいらしてからは、その可愛らしさが倍増しましたよね。何度注意しても二人でグレッグミンスターの外にまで遊びに行ったり、わけの分からない悪戯グッズを量産して大人を引っかけまくったり、それから」
「いいじゃないか可愛かったなら!」
 
 慌ててグレミオの言葉をさえぎって、これ以上小言が増える前に退散することにする。ご馳走さんと立ち上がり、今日は何をしようかと首をひねる。知っているゲームは結構飽きてしまったから、何か新しいことがやりたい。
 
 
「そうだカイン、お前が子供の頃やってた遊びって何だ?」
 
 かくれんぼや鬼ごっこなど子供の遊びは結構全国共通だが、ローカルな遊びも多い。それに名前が同じでも地方によってルールが違うこともよくある。トランから遥か南の群島なら、自分の知らない遊びもいくつかあるかもしれなかった。
 
「コマ回し、かな」
「ほう」
 
 案の定知らない名前のゲームが出て来て、今日の予定は決まった。
まずはどんなゲームなのかだ。円形のテーブル上でそれぞれがコマを回して、どちらが長く回っていられるかを争うものらしい。
 
 
「でも、お前もちゃんと子供頃遊んでたんだな」
 
 ほんの少し意外で、でもそりゃそうかと納得しながら、リュウはそんなことを言う。カインは苦笑気味に少し口元を緩めた。
 
「最初は見てるだけだったんだけどね、遊んで来いって言ってくれた人がいたんだ」
「ふうん? じゃあそいつに俺も感謝しとこう。だって今から遊べるんだからな!」
 
 うきうきしながら言うと、カインは曖昧な表情で「そうだね」と答えた。
 コマは持っていないが、そんなもの自分で作ればいい。一度テッドと木で作ったことならあるし、そのときは一応ちゃんと回るものを作れたはずだ。
 
「で、どんな形? 大きさは?」
 
 紙とペンを持ってきてカインに説明してもらった。手に二つくらい握りこめる小さなコマで、芯棒のない円錐形。紐を使って投げるらしいので、その巻きやすさも重要かもしれない。うまく回るようにバランスを取ったり大きさや重さを考えたりと、シンプルだが奥が深いかもしれない。
 
 
「相手を弾き飛ばすってことは木じゃだめか。陶器も割れるな。あ、これって巻き方にコツいる?」
「一度木で作ってみたらどうだい。巻き方は教えるよ」
 
 しかしどうせ作るなら完璧を目指したい。どうすればうまく長く回るか研究したいし見た目も凝りたかった。
どう作るか考えているうちに、コマを作るだけで一日が終わってしまいそうだと思ったけれど、まあそれはそれでいい。要は暇が潰せればいいのだ。
 
 
 しかし、
 
「こんにちは! リュウさんとカインさんいらっしゃいますかー?」
 
 玄関から少年の明るい声が聞こえて、コマ作りはお預けになった。
 

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坊と2主が4主の子供時代にタイムスリップ。ノリ軽めのほのぼの。(A5/72P/オフ/07.12.29)
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