「あっ、悪い!」
ベンチに座ろうとした瞬間、アトリと肩がぶつかった。
考えるより前に体がびくりと反応して身を引いた。どうして心臓が跳ねたのか自分でも分からない。ほんの少し、ただ腕がかする程度に触れただけなのに、ラスは大きく一歩引いてしまった。肩が熱い。おかしいな、今日はこんなに暑かっただろうか?
「? ううん」
アトリが穏やかにふわりと笑う。木漏れ日よりもずっとやわらかく、川のせせらぎよりずっと静かに。途端に心に灯る小さな明かり。その意味が分からぬまま、ラスはアトリの隣に腰を下ろした。
肩と肩の間の距離は10センチ。……別に、もっと近づいてもいいはずだ。隣にいるのがジェイルやリウ、マリカだったなら、一つのベンチにぎゅうぎゅうになって座ったっていい。肩だって触っても平気だ。何も考えず組むこともできるし、勢いで抱きつくことだって普通にする。
なのにどうしてだろう。
アトリにはこれ以上、近づけない。
「ねえ、ラス」
不意に彼の方から詰めてくる距離。腕が触れるかどうかの所まで寄られ、やはり考える前に身を引いていた。再び生まれる10センチの隙間。心臓が落ち着かないのはなぜだろう? 自分は一体何に動揺しているんだろう。
「……君って意外と、近付かれるのだめな人?」
アトリが不思議そうに首を傾げる。違う、と言おうとしたけれど声にはならなかった。近付いて欲しくないわけじゃない、むしろもっと側に寄りたい寄って欲しい。――あれ、だったら、自分はどうして逃げているのか。考える。でも分からない。今までいなかったタイプの友達だから?
「そ、そういうんじゃなくてさ、今その……風邪! そう風邪気味でさ! うつしたら悪いかなって」
「えっ、それなら休んでた方がいいんじゃない? 大丈夫?」
「平気平気!」
苦し紛れの言い訳は全部嘘だった。風邪なんてもう何年もひいていないし、シトロ村一の健康優良児という称号は、物心ついた頃からずっとラスのものだ。声も変わらず咳など一度もしていないから、嘘だなんてことアトリならお見通しだろうに、「そう、お大事にね」と笑うだけで追求はしてこなかった。胸を貫く細い針のような罪悪感。ごめん、と心の中で呟いた。
(――でも)
本当に風邪でもひいたかもしれない、とラスは思う。
だって熱でもあるみたいに体が熱くて、動悸が止まらないんだ。
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主人公は恋方面には鈍感、って描写があったような気がする(アスアドの気持ちにもなかなか気づかなかったよね確か…)ので、彼は無自覚からのスタートで。
09.1.17