お母さんと呼んで

「ねえラスちゃん、お母さん、ラスちゃんにお願いがあるんだけど……」

ある日の昼下がり、シスカが突然そんなことを言った。

「たまには、“お母さん”って呼んでくれない?」

何の前触れなく唐突に。

とはいえ彼女がそのお願いを口にするのはよくあることであったので、「いや、でもお母さんじゃねえだろ」といつもの決まり文句を返せば、シスカはむうと眉根を絞る。

「ラスちゃん、ひどいわ! どうしていつも“お母さん”って呼んでくれないの?」
「や、だってお母さんじゃねえじゃん」

なあ、と隣にいたマリカに同意を求めたら、彼女は苦笑しながらそうねと頷いてくれた。
ラスからすれば、シスカが自分をお母さんお母さんと言いたがる方が不思議なのだ。年は7つしか離れていないし、シス姉という呼び方で何も間違ってはいない。ならば誰がラスにとって“お母さん”に近いのかというと、それはそれで困るところではあるのだけれど、やっぱりシスカはラスにとって姉のような存在でしかないと思う。

「何よ! 昔は呼んでくれたじゃない!」
「呼んでねえよ!」

覚えている限りの昔から、ラスはシスカのことをずっとシス姉と呼んできた。彼女が自分をお母さんと呼ぶたびに違うだろうと言ってきたし、彼女のお願いに応じた記憶は一度もない。はずだ。
ないよなあ!と再びマリカに同意を求めたら、やや自信がなさそうではあったけれど、うんとやはり頷いてくれた。

「それみろ」
「呼んでくれたの! 二人が小さかったから覚えてないだけだわ」
「そんなこと言われたって、オレ知らねえし!」

今度はこっちが眉を寄せる番だった。
たいていの場合、拒否してしばらく押し問答すれば彼女は諦めてくれる。けれど、今日は珍しくシスカも食い下がってきた。

絶対に呼んでくれたと言い張って、ありがたくない証人すら呼んできたのである。

「ああ、そんなこともあったっけねえ」

――と、微笑しながら頷いたのはセレンで。

「マジかよ!!」
「そうなの!?」

ラスもマリカも、それぞれ驚きに目を見張った。
それみろとシスカだけが胸を張って、期待に満ちた目でこちらを見てくる。
少したじろぎながらラスはわずかに後ろに下がり、マリカの後ろにやや身を隠した。
セレンが腕を組みながら言う。

「あんたがちっちゃい頃は、村の皆で面倒見てたろう。特にシスカが熱心でね、“お母さんよお母さんよ”って言うもんだから、あんた、言葉を覚え始めたときにシスカを“おかあさん”って呼んだのさ」
「うう……」

そんな、そこまで小さい頃のことなんて持ち出さないで欲しい。
だいたい子供なんて、オウム返しのように言葉を覚えていくではないか。きっと母だと思って呼んだのではなく、それはただの名前だ擦り込みだ!……と、思う。
お母さんじゃないって最初に指摘したのはジェイルだったっけねえ、なんてセレンが楽しそうに笑っていたけれど、こっちは楽しいどころか針のむしろだ。今すぐここから逃げ出してしまいたい。

「そんな昔のこと、時効だ時効っ!! とにかくオレは呼ばねえからな!」

腕を組んでラスはそっぽを向く。
シスカは「ちょっとくらいいいじゃない」とむくれていたが、こちらが完全拒否を示していると結局、

「なによ、ラスちゃんのいじわるっ!!」

と言い捨てて行ってしまった。
ほっと胸をなで下ろしそうになったけれど、苦笑しながら彼女を見送ったセレンとマリカの視線が心なしか冷ややかで、ラスは一歩後ずさった。
視線から逃げるように、二人とは別の方角を向いて口を尖らせる。

「ちょっと呼んでやるくらい、別にいいじゃないか」
「そうよ。たまには姉孝行しなさいよ」

二人はそう言うけれど、でもマリカやジェイルだってシスカのことをお母さんとは呼ばないではないか。
しばらく黙っていたけれど二人の視線が痛すぎて、ラスは結局口を開いた。とはいえ腕は解いていないし視線も明後日の方角に向けたままだ。

「……そりゃ、世話してくれたことは感謝してっけどよ……」

できればこれ以上言いたくはない。
けれど、セレンとマリカ――特にセレン――からは、いついかなる時も逃げることはできないと、幼少の頃から擦り込まれている。
やや間を空けてから、観念してラスはぼそりと言った。

「そういう呼び方、恥ずかしいだろ……」

今度は自分が作ったのではない沈黙ができてしまい、非常にいたたまれない気持ちになる。逃げていいだろうか。

「……はあ。男の子って、子供ね」

マリカがあきれるように言って、セレンがふっと笑う。

「なんだよ! うるせーなあもう!」

もう我慢できなくて、ラスは身をひるがえして駆けだした。一刻も早くここから立ち去ってしまいたかった。

お母さん、なんて。
単語を思い描くだけで、非常にこそばゆいではないか。

シスカと主人公の「だから、お母さんじゃねえって」というやりとりは、いつから始まったのかなーという所から生まれた妄想でした。

シスカ22歳、主人公15歳という設定なので、主人公が0歳1歳の時ってシスカは7歳8歳なんですよね。
ちょうど下の面倒見てお姉さんやりたい時期じゃない?
主人公が、本人も覚えてないくらい小さいときにシスカを「おかあさん」って呼んじゃってたらかわいいなー!と思って書きました。かわくない!?絶対これ、何かあるたびずっと言われるんだよ!!

そんで15歳の男の子ってこう、いろいろ難しい時期だよね…!!という妄想も入っています。
思春期ですよ思春期!「お母さん」が「おかん」や「あんた」や、こう、乱暴な言葉使いに変わっちゃう時期ですよ!あーもう、こういう時期の男の子ってだいすき!!(≧▽≦)

あとはあとは、シトロ村で主人公の面倒を見てくれたのは、誰か数人じゃなくて村人全部だったらいいなあと思いました。
シトロ村の子供たちは、誰から生まれてても「シトロ村みんなの子」なんですよ!(どっかにそんな台詞か説明があったはずだ)
たまらん!この村好きすぎる!!

09.1.9