好物の罠

 
同盟軍軍主、サキの好物はアイスクリームである。
 
その冷たさと甘さから夏に大人気の氷菓子。しかし彼にとっては冬でも大歓迎の食べ物だ。例えどんなに寒かろうが外で雪が降っていようが、仲間達から「見てるだけで寒いからやめてくれ」と言われようが、そんなことは全く気にならない。むしろアイスクリームがご飯の代わりに主食ならいいのにと心の底から思っているほどに大好きだ。愛していると言っていい。
 
……で、あるからして。
 
「あのさサキ、アイスクリームのバイキングって興味ない?」
 
最近知り合った銀髪の王兄にそう聞かれれば、興味がないなんて言えるはずもなく――むしろ、ぱあっと顔を輝かせて勢いよく振り返り、子犬が尻尾をはちきれんばかりに振り回しているような表情でサキはフォルスに飛びついた。
 
「あのあのあの!! それ何ですか――!?」
 
 
後に銀髪の少年は語る。「好きみたいだから誘ったんだけど、ほんとによかったのかな?」と――。
 
 
 
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「オレ今、サウスウインドウの飲食店でバイトしてるんだけどね」
 
同盟軍城内、軍主の部屋。リュウとカインを呼びに行き、帰ってきたらフォルスも遊びに来ていた。解放軍を率いて勝利に導いたトランの英雄、リュウ。群島で150年も前に罰の紋章を継承した少年、カイン。遥か南のファレナの王兄、フォルス。何の因果か必然か、都市同盟の地で出会った天魁星4人はよく一緒にいることが多くなった。
 
それはともかく。
 
アイス。アイスバイキング。何だろうその素晴らしい響きの単語は。サキがきらきらとした視線で見つめると、フォルスは4枚のチケットを取り出してにっこりと笑う。
 
「女の子向けの甘味バイキングの店なんだけど、無料招待券貰ったからどう?」
「甘味バイキングー?」
 
そのチケットを受け取ったのは緑のバンダナをした少年だ。リュウは大して面白くなさそうにそれを見つめると、「つまりケーキとか?」とチケットをこちらに回してくる。
 
「甘味バイキング無料券 一名様用」という文字と共にたくさんのお菓子の絵が描かれた小さな紙だ。ケーキやムースなどが並んでいたが、その中にアイスクリームも混じっている。バニラ、チョコ他13種類。どんな味があるんだろうと思ったら、サキの顔に自然と笑みが浮かんだ。
 
「俺、甘いものそんなに好きじゃねーんだけどなあ」
「ああ、パスタとかサラダもあるよ。甘いものの方がもちろん多いけど」
 
パスタなんてあったのだろうかともう一度チケットを読めば、確かにパスタやサラダ、スープという文字もある。ケーキも種類が多いらしいが、ほとんどアイスクリームしか目に入っていなかった。むしろアイスだけでいいと思う。そう、アイスだけで100種類以上のバイキング――想像してみたらそこは天国のような場所だった。どうせなら死ぬときはそんな天国に行きたい。
 
「……サキ?」
「えっ、あ、はい!」
 
カインに声をかけられ、サキははっと我に返る。すいませんと謝ったら、楽しそうだったからいいよと言われた。一体自分はさっきどんな表情をしていたのだろう。少なくとも頬が緩みきっていたことは確かだ。でもアイスなのだから仕方がない。
 
「で、どうする? もうすぐ丁度昼時だし行ってみる?」
「はい行きますっ!!」
 
サキは真っ先に手を上げて答える。続いてリュウが「折角だし食うか」と笑みを広げ、カインが無言で頷いた。フォルスは仕事があるらしいので、残りのチケットでナナミを誘うことにした。
 
 
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ビッキーのテレポートで一路サウスウインドウへ。さすが女の子がターゲットと言うだけあって、外装も中の様子もとても可愛らしい店だった。客もほとんど女の子ばかりで少し居心地の悪さを感じたが、ずらりと並んだアイスを見たらそんなことはどうでもよくなってしまう。
 
 
「うわあすごいねナナミ!」
「うん! いっぱい食べようね!!」
 
店員に案内された席に座り、説明を受けたらすぐに皿を持ってサキはアイスコーナーに走った。制限時間は1時間半。食べられるだけのアイスを食べなければならない。定番のバニラやラムレーズン、チョコミント、それからマンゴーやコーヒーなんてものもある。とりあえず一通りのアイスを皿に乗せ、とけないうちにと大急ぎで席へと戻る。
 
「……ひょっとして、全種類取ってきたのかい」
「はい!」
 
カインの問いに満面の笑みで答えたら、わずかな間の後に「よかったね」と言われた。もちろん首を縦にぶんぶん振って返しておく。カインは自分の食べるものより先に全員分の飲み物を取ってきてくれたらしい。自分は思い切り好きなものに向かってダッシュしてしまったので少し申し訳なかった。けれどカインは構わないよと言って笑う。
 
「なあなあどうよこれ、ケーキタワーとか作ってみた!」
楽しげに皿をテーブルの上に乗せたのはリュウだ。『ケーキタワー』は、小さな四角いケーキを積み木の城のように重ねており、周りをパスタやサラダで囲っている。その様には軽く芸術を感じた。しかしこれを崩さず食べるのは難しそうだ。
 
「甘いものは苦手じゃなかったのかい?」
「何言ってんだ、制覇してこそバイキングだろ!!」
 
リュウに握りこぶしで力いっぱい主張され、なるほどそういうものかと思った。しかしパスタにケーキ、スープ、サラダと種類は多い。全てを制覇するのはなかなかに大変そうだ。
ナナミも皿の上にパスタとケーキを山盛りにして戻ってくる。カインが自分の食べ物を取りに行ってしまったが、とけるから先に食べてていいよと言われ、申し訳ないなとは思いつつもその言葉に甘えることにした。
 
一口。
 
キンとくるほど冷え切った甘みが口の中いっぱいに広がって、そしてゆっくりととろけていく。ラムレーズン、コーヒー、ココナッツ、どれも美味しいアイスクリームばかりでサキは本当に幸せな気持ちになる。これらを心行くまで、好きなだけ食べていいのだ。アイスバイキング、ああ何て素晴らしい響きだろう。
 
「どれも美味しいね! 帰ったら久しぶりに私も何か作ろうかな」
「えっ!?」
 
しかしナナミの言葉に固まる。同盟軍にハイ・ヨーが入ってからは料理の担当が全て彼になり、ナナミの強烈な――個性的な味と評価するしかない――料理の被害に合うことはほとんどなくなっていた。ナナミには悪いがやっと胃の安静と平安を手に入れたと思ったのに。
 
「そうだっ、アイスクリーム作ってあげようか!」
「ええっ!?」
 
アイス。それは食べたい。しかしナナミの料理。ナナミの、アイス。あんまり食べたくないような、アイスだから食べたいような、やっぱり食べたくないような……。ナナミが自分のために作ってくれたと言えば、多分、いや間違いなく全て飲み込むなり流し込むなりして平らげるけれど、でも、できれば、お腹は壊したくない。
 
しかし悩んでいたらアイスがとけてきたので、とりあえずその問題は棚上げしておいてひたすら食べることにした。まあどうにでもなる――というよりは、なるようにしか、ナナミのやりたいようにしかならない。そのうちにカインも戻ってくる。
 
「リュウ」
「……何だ」
「無理はしない方がいいと思うよ」
 
ふとリュウの皿を見れば、パスタやサラダはきれいに平らげられていた。しかしケーキタワーの半分を過ぎたところで手の動きがかなりゆっくりになっている。カインが最初に持ってきてくれたドリンクもほとんど空だ。リュウは次のケーキに手をつけ、口に含んで眉をひそめる。
 
「……甘い」
「そりゃあケーキは甘いものだよ。無理ならパスタと交換してあげようか?」
「いらん! バイキングに来たからには全種食う!!」
 
どうやら相当なこだわりがあるらしい。きっとソウルイーターにはバイキングで全種制覇しないといけなくなる呪いが――かかってないとは思うが――あるのかもしれない。
 
喋りながら食べているうちに、皿の上が空になってしまった。ナナミも丁度食べ終わったので、一緒に取りに行こうかと顔を見合わせる。
 
「空いているお皿お下げしてもよろしいですかー?」
 
そこへ店の制服に身を包んだフォルスが楽しげにやってきた。慣れた手つきで皿とカップを片付けていく。しかしどうして王兄がこんなにもアルバイトに慣れているのだろう。彼は確か、バーテンも倉庫の片付けも清掃も、一通りのバイトに精通していた気がする。
 
「結構美味しいでしょここ。オレもまかないで出してもらえるんだけど、シーフードクリームスパゲッティとかほんと美味しいよ。今は出てないけど、もうちょっとしたらできるんじゃないかな」
「げ、やっぱり種類ってぽんぽん変わるのか」
「うん。ケーキもね、また次の種類そろそろ出るよ」
「……まじか」
頑張れリュウさん、とサキは心の中でエールを送った。
 
 
とにかく今日はアイスクリームを食べていい日だ。いくつ食べてもどれだけ食べても怒られないしお金はかからない。こんな機会などめったにないから、サキはひたすら、ただひたすらにアイスクリームを食べた。フォルスに確かめてこの店にある全種類は2周したし、気に入ったアイスは5回以上おかわりした。
 
本当に本当に、幸せな90分だった――……!
 
 
 
 
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「うー」
「ぐ……」
 
その日はそのまま皆で遊んで、リュウたちも城に泊まっていった。いつも通りの朝を迎えたのがカインとフォルスとナナミの3名。起きたときの気分が最悪だったのが、サキとリュウの、2名。
 
「お腹痛いです……」
「胸焼けが治らねえ……」
 
朝から腹の調子が悪い。見事なまでに、悪い。何だろうと考えるまでもなく、原因は昨日のバイキングだった。アイスクリームは大好きだが、あれほどまでに大量のアイスを一気に食べたのは生まれて初めてだ。リュウはリュウで昨日は本当に全てのメニューを制覇していた。苦手らしいケーキもムースもチョコレートも全て。
 
机に突っ伏した二人をナナミが心配そうに見下ろしてくる。
 
「大丈夫? あっ、私、お粥でも作」「今日だけは勘弁してナナミ……!」
 
ただでさえお腹を壊しているのにこれ以上体を痛めつけたくない。昔一度、ナナミの料理を2日連続で食べる羽目になったときは下痢で死ぬかと思った。それ以来何があっても連続で料理はさせないと誓ったのだ。
 
まさか大好きなアイスでお腹を壊すとは思わなかった。もう少し控えていれば――否、あれだけのアイスクリームを食べられたのだから、本望だ。
 
 
「そんなところに言いにくいんだけど……」
 
フォルスがおずおずと何かを取り出して机の上に置く。何かと思えば、それは、またもや『バイキング無料券』だった。今度はラダトの飲茶バイキングで、しかも日付が今日までだ。いつもなら喜んで着いていくのだが、今日のこの腹の調子で行きたい場所ではない。
 
「これ昨日店長に貰っちゃってさー。アイスもあるらしいんだけど、やっぱ止めとく?」
「いーや、行く!」
 
がばりと身を起こしたリュウがその券を引っつかんでこちらを見下ろしてくる。その瞳の光はとても強く、ああこの人なら何でもできそうな気がすると見る者全てを信じさせるような色をしていた。しかしこんな時にそんな力を発揮しなくてもいいと思う。
 
「祭には何が何でも乗らなければならないのが鉄則だ。今日までと言われて黙ってられっか、行くよなサキ!」
「い、行きます!」
 
サキも体を起こして立ち上がった。だってアイスあるし。お腹はとても……そう、とても調子が悪いけれど、今日までで終わってしまうのなら行きたい。そこにアイスがある限り。
 
 
 
「やめといた方がいいんじゃないかな……」
「止めるなカイン、俺たちは本気だ! ナナミも行くよな!」
「はーいっ!」
 
 
 
そして5人は、ラダトの町へと繰り出した。
 
 
次の日のサキとリュウの様子は、言わずもがなである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

talk

 
 
原稿中(修羅場中な勢い)にも関わらず、書いてしまいました。急いでいたので結構飛ばしてますがお許しを。何で原稿放置でこんなものを書いたのかといえば、理由はただ一つ。
 
 
半分実録だから……っ。
 
 
冬といえばみかんだと、みかんのために冬は存在するのだと私は思うのです。それくらいにみかんが好きです。みかんマイラブ。母に5キロのみかんを送ってもらい、大喜びで土日にみかんを食べて食べて食べました。2日で2.5キロ消えました。あっはっは!(笑っとけ)
 
……そしたら次の日、お腹の調子が……ッ!!!えええみかんって、みかんって、駄目なの……!?(゜□゜; 三 ;゜□゜) ちょっと反省しましたが、今日もみかんは3つ腹の中に納まってます。ああ美味しい。でも腹が……ああジレンマ。食べ過ぎたことに反省はしましたが、後悔はしていません。
 
 
2006.11.14