バトンの回答で、間違い電話が出てきたことから生まれた妄想。
現代パラレルですのでご注意を。
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鞄の奥で携帯が鳴って、画面を見たらリュウからだった。電話がかかってくるような用はあっただろうかと首を傾げながら通話ボタンを押すと、カインが言葉を発するより早く「なあテッド聞いてくれよ!」と元気な声が聞こえてきた。どうやら間違い電話であるらしい。
「リュウ、僕はテッドじゃ――」
「今帰りなんだけど、さっきゲーセン寄ったらさあ!」
彼はどうやら何かに怒っているらしい。間違い電話だということをもう一度知らせようと言葉を発してみたものの、向こうが気付く様子はない。一方的に先ほどあったらしいことと怒りを喋り続けている。
こうなった彼がこちらの話を聞いてくれることはまずないだろうと判断し、カインは聞き役に徹することにした。おそらく一通り話せば満足するはずだし、間違いだからとテッドにかけ直させることもないだろう。ひたすら話し続ける彼に、カインは無言で頷きの相槌を打った。電話では頷いても相手は気付かないなと途中で思ったけれど、別にどっちでも良さそうだったからやはり声は発さなかった。
「マジむかつくだろ! なあ!」
「……うん、そうだね」
「だろおおお! よし、気が済んだ。聞いてくれてさんきゅーな、また明日! あっ帰りに頼んだ漫画忘れんなよ」
最後にカインが声で相槌を打ったにも関わらず、やはりリュウは気にした風でもなく、一方的に終わりを告げて通話を切った。ツーツーと電子音が数度流れ、ふっと消える。携帯の画面を見ると、待ち受け画面に戻っていた。
帰りに漫画など、カインは頼まれていない。
どうやら最後まで気付かなかったらしい。
どうしようかなあと思ったけれど、まあいいかと一人納得し、カインは携帯を鞄に片付けた。別に気付いて謝ってもらわなくてもいいけれど、明日テッドとリュウがどんな会話をするのか、それだけは聞いてみたいような気がした。
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朝、どちらから誘いに行くかは決まっていない。リュウからテッドを呼びに行くこともあれば、テッドが家に来ることもある。早く準備できた方から迎えに行くし、通る道は決まっているので誘いに行く途中で会うことも多い。
「おっす」
「はよ」
今日もテッドの家に向かう途中で、彼があくびをしながら歩いてくるのが見えた。朝だというのに気温はとっくに上がっていて、蝉の声が聞こえ始めた炎天下、うちわ代わりの下敷きで暑さを吹き飛ばそうと無駄な努力をしながら、早足で学校へと向かう。ふとテッドの荷物に目を向けてみて、やけに軽そうだったからリュウは尋ねた。
「なあテッド、漫画は?」
「あっ、悪ィ忘れた」
「おい! 昨日電話でも頼んだじゃん!」
別れるときに頼んで、電話で念押しまでしたというのに。昨日も少し回り道をすれば本屋に寄れないことはなかったし、これなら自分で買ってしまった方が早かったかもしれない。リュウは舌打ちを1つしてから、むすりと口を尖らせた。テッドが面白いというから楽しみにしていたのに。
「……電話?」
しかも彼は漫画どころか話したことすら忘れているらしい。「夕方に喋っただろ昨日!」と言うリュウに、テッドはさらに不可解そうに首を傾げる。彼は黒い学生服のズボンのポケットを探ると、取り出した携帯を開いて画面をこちらに突きつけてきた。そこには着信履歴が並んでいたが、確かに昨日リュウと通話した形跡はない。
「来てないぞ、ほら」
「ええ? そんなわけないだろ」
リュウも慌てて己の傷だらけになった携帯を取り出し、リダイヤル画面を開く。そこには昨日の夕方、確かに誰かに電話をかけた証拠が残っていたが、表示された名前は別人だった。
「…………、あれ?」
テッドではなくカインに電話をかけたらしい。そういえば携帯の向こうから聞こえてきた声と口調は、思い返してみると確かに想定とは全く違っていたような、いなかったような――?
少し昨日を振り返って考えてみた。
うんやっぱり違った。
「は、はははははははは。悪い、今のなし」
リュウは歯に何か詰まったような微妙な笑顔で目をそらし、携帯の画面をテッドに見せることなく音を立てて閉じた。な、流そう。無かったことに――したかったが、相方は眉を思いっきり寄せてこちらを白い目で見た。
「……お前さあ、喋ったくせに“親友”と他人との区別、つかなかったのか?」
「いやその、喋ったっていうか」
「何! お前にとって親友ってその程度のポジションなわけ!?」
「えっ、えー……?」
どうしよう、怒られた。
気付かなかったのは気付かなかったが、別にその程度という言葉を使うほど軽んじているつもりはない。一方的に喋って切っただけの電話だし、正直それくらいで怒られても困る。
テッドはふいとこちらに背を向けると、歩調を速めて一人で歩いて行ってしまう。リュウが慌てて追いかけると、彼はさらに速度を上げて、ほとんど走るようにして進んでいく。
「ちょっ、怒んなよ! 悪かったって!」
後ろから声をかけても彼は振り返ってはくれなかった。こんな暑い中で走りたくなどないのに、テッドが止まってくれないのでリュウも速度をゆるめられない。結局下足箱に着くまで彼が言葉を発することはなく、走ったおかげで汗だくになったしそこまで怒ることないだろうと次第にリュウも腹が立ってきたので、
「なんだよテッドのバカっ!」
と、思わず後姿に向かって叫んでしまった。放課後まで彼と話をすることはなく、帰りもいつもの待ち合わせ場所には行かなかった。
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このあと4主は坊に呼び出されて「そこまで怒るか!?なあ!!」と超八つ当たりされ、テッドからも電話を受けて「これひどくねえ!?」と延々愚痴を聞かされ、話を聞きたいなんて考えなきゃよかったかなと、ちょっとウンザリするんじゃないでしょうか。
こんな風に喧嘩しても、次の日気付いたら仲直りしてるといいなと思います。
(もちろん4主は何もしていない)