罰の紋章

　かつて群島を率いて戦ったという少年は、人とは違う紋章を宿していた。
　敵に向けて放たれる、赤い光の刃。
　強い光には黒が混じり、禍々しい印象を人に与える。
　
　紋章の破壊力はいっそすがすがしいほど凶悪だ。
　その光を受けて平気で立っていられるモンスターなどいないに等しい。
　
　
　何年も、前。
　その赤黒く輝く光と同じものを、見た気がする。
　
　
　　　＋
　
　
「この紋章について？」
　
　穏やかな夕食時。
　いつものように火を囲い、先に見張りをしていたキリル・カイン・キカの３人が会話を交わしながら食事をしていた。
　その席で、ふとキリルが聞いたのだ。
　
　――その左手の紋章について聞いてもいい？
　
　出会ってからもう数日になるが、紋章の話が話題に上ったことはない。
　聞いてみてもいいだろうかと軽い気持ちで口をついて出た疑問なのだが――
　
　
「う、うん。駄目……かな」
　
　言った途端、今まで穏やかだった空気が少し変わった。
　質問を受けたカインの目はわずかに細められ、キカの表情も少し硬くなる。
　キリルは困ったように彼らを見回し、それから首をかしげた。
　何か聞いてはいけないことに触れてしまったのだろうか。
　
　
「……なぜそんなことを聞く？」
　キカの低い声。
　控えめに、けれど正直にキリルは答えた。
「変わった紋章だし、あの光を前に見たことがある気がしたんだ。それだけなんだけど……」
　
　キカは黙ってカインに視線を送り、カインはひとつ頷く。
「いや、問題ない。折をみて話そうと思っていたから」
「あまり楽しい話ではないがな」
　
　ほんの雑談のつもりでふったのだが、そういうわけにはいかないらしい。
　無意識のうちに、キリルは姿勢を正した。
　
　
　
「……君は真の紋章というものを知っているか？」
「うん、聞いたことくらいは」
　
　この世界に27あるという真の紋章。
　創世の物語にも語られ、通常のものよりも強い特別な力を秘めているという。
　
「ひょっとして、それが？」
「ああ。罰の紋章――罰と許しを司る紋章なんだ。大きな力を発揮するけど、使う度に宿主の命を削る。そして宿主が死んだ時、近くにいる人を次の宿主に選ぶ」
「え？」
　
　キリルは目を見開いてカインの顔を見つめた。
　命を削る紋章。
　でも、けれど、戦闘のたび彼は惜しみなく罰の紋章を使っていたような――？
　
　
「安心してくれ、今は僕が命を削られることはない」
　カインの言葉にほっと胸をなでおろす。
　しかし続いた言葉に再び表情を硬くした。
　
「けれど、おそらく宿主が変わればまた宿主の命を削って渡り歩くようになるだろうと思う」
　キリルの目を真っすぐ見つめ、カインは言う。
「だから、もし僕が死ぬようなことがあれば――」
「カイン！」
　
　
　言葉を遮って、叫ぶ。
　それ以上は聞きたくなかった。
　たとえそれがもしもという仮定の話だったとしても。
　
　――死、など。
　
　今でも忘れられない、大切な人を失う痛み。
　それは、心を引き裂かれるような。
　世界が音をたてて崩れていくような。
　体につけられる傷などとは比べ物にならないほどの痛みだ。
　
　
「キリル君……？」
　声をかけられたが、うつむいたまま答えることができなかった。
「あまり楽しい話ではないと言っただろう。しかしカイン、他人事のように自分の死を語るのは感心せんな」
　
　キカが静かに言い、後半では少し怒りを含んだ声がカインに向けられた。
　すみませんという謝罪に続いて聞こえるのは強い言葉だ。
　
　
「罰の紋章の犠牲者をこれ以上出さないためにも、僕は死ぬつもりはありません。そのためにできる努力はしようと思います」
　
　
　ああ、それが。
　どこまでも強くなろうとする理由なのか。
　今の強さに満足せず、さらに上を目指そうとする。
　
　憧れるのは戦いにおける強さ以上に内面のそれ。
　意志、決意。
　決して揺らぐことのないものが、どこまでも青く透き通った瞳に宿る。
　
　
「――ただ」
　
　
　続いた声には、少年の姿には似つかわしくない、大人びた響きが混じっていた。
　
「仕方のないことっていうのはあると思うんです。どんなに努力をしたとしても、最善の道を選んだとしても、避けられないものはあるんだと」
　
　ふと頭をよぎる光景は、３年ほど前のこと。
　暗い海。
　船。
　海賊。
　紋章砲。
　――それから。
　
　
　ああ、そうだ。
　紋章の赤い光は、あの時の。
　
　
「だから、キリル君」
　
　名を呼ばれ、はっとしてキリルは顔を上げる。
　目を捕らえたのは、深く静かに揺れる海のような瞳だ。
　
「僕に何かあった時は決して近づかないと、誰も近づけないと約束してくれ」
　その瞳を真っ直ぐ受け止めて、キリルは小さく頷いた。
「――分かった……でも、カインも約束してくれないか」
「何を？」
「絶対に、死なないって」
　
　じっと彼の目を見つめ返してそう言うと、カインは苦笑気味に呟く。
「皆同じようなことを言うな。この話をすると」
「当たり前だ」
　キカが言い、持っていた水を飲み干した。
　それをちらりと見てからカインはまたキリルの方を向く。
　
　
「分かった、約束しよう」
　
　うんとキリルは笑った。
　彼を倒せる相手などそういるとは思わないけれど。
　絶対にこの人を――いや、共に戦ってくれる人達を誰も死なせないと、改めて心に誓う。
　
「……すっかり食事が冷えてしまった」
　というカインの少し残念そうな言葉に、３人は苦笑しながら再び食事を再開した。
　
　
　
　
　

talk

　
　当初の予定とは大きくずれてしまった話です。最初はキリルのある言葉が書きたくて始めたはずなのですが、入らず。最後は最後でシメが思いつかず、無理矢理終わらせました。
　４主は小さいころから小間使いとして大分苦労してるじゃないですか。その上濡れ衣は着せられリーダーに祭り上げられ。なので悟っちゃってるところがあるんじゃないかなあと。
　キリルを視点にすると４主を格好よく書きたくなります。コンビとカップルの差って何だろう……？
　
2005.10.25