顔を上げれば白み始めた空。
船の周りには静かな海が広がり、風が穏やかに髪とバンダナを揺らす。
地平線から昇る光と、空のグラデーションが美しい。
朝のこの光景がカインは好きだ。
久しぶりの、仲間たちとの船での旅。
昔、オベルの巨大船に乗って戦っていた時のことを思い出した。
その時の、日課と共に。
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「何……してるの?」
看板への入り口から声が聞こえカインは立ち止まった。
振り返ればキリルが唖然とした表情でこちらを見ている。
カインは彼が何に驚いたのか分からず、小さく首を傾げた。
もしかして時間が早いからだろうか。
まだ皆ぐっすりと眠っている日の出の時間。
こんな時間に起きているのは見張りの人間くらいだろう。
けれど、カインはもう随分小さいころから日の出の時間に起きていた気がする。
昔は、仕事のために。
ラズリルを出てリーダーという仕事を任されてからは、日課のために。
「何って、見て分からないかい?」
「……いや、分かるんだけど……」
分かるというならどうしてそんなに歯切れが悪いのか。
そういえば昔、新しく入ってきた仲間に朝会った時も驚かれたことを思い出す。
「ああ、日課なんだ。すまないとは思ったが、これは用具室から借りたよ」
カインは手に持っていた物――デッキブラシを指さして言った。
朝早く起きて船の掃除をするのはカインの日課だった。
さすがに数時間で全部はできないから、今日は看板の床とか明日は階段とか、少しずつきれいにしてく。
抜けない癖とでもいうのだろうか、朝起きると掃除とか洗濯とか水汲みとか、何かしらの仕事がしたくなるのだ。
それにすっきりきれいになった状態というのは気持ちがいい。
朝でなくても、手が空いた時にはカインは船の掃除をよくしていた。
……よく、仲間にはあきれられたけれど。
「船にある物は何でも使ってくれていいんだけど、そうじゃなくて! カインには手伝ってもらってるだけなんだし、こんな時間から掃除なんてしなくていいって」
――リーダーがそんなことしなくていい。むしろやめてくれ。
同じようなことを昔にもいろいろな人に言われた。
懐かしさがこみ上げてきて、カインはわずかに口元を緩める。
「いや、いいんだ。本当に好きでやっているだけだから」
「でもなんか悪いよ……」
「掃除は結局誰かがしなきゃいけない。なら僕がやってもいいだろう?」
船の大掃除を皆ですることもあったが、やはり毎日掃除することは大事だ。
それに、小さいころから注意していたせいなのか性格なのか、汚れがあるとどうしても気になってしまう。
「そうかもしれないけど……」
キリルは考えあぐねるように視線をそらした。
それから少し考えて、ぽんと手を打つ。
「分かった、じゃあ僕も一緒に掃除するよ」
「いや、キリル君はまだ寝ていたらどうだ? 昨日も遅かっただろう」
「それはカインも一緒だよ。それにカインがやめてくれないなら僕だってやめる義務はないからね」
言い返す言葉は見当たらないのだが、彼は掃除に慣れていないのではないだろうか。
共に旅をしていたセネカやアンダルクがほとんどやってしまいそうな気がする。
しかし、やると言い張るキリルにカインが折れた。
キリルには水を流してもらうことにして、2人で掃除を再開する。
「そういえば今朝はどうしたんだい? いつもこんなに早いの?」
床をこすりながら聞くと、キリルは苦笑しながら答えた。
「ちょっと、夢が……ね」
「話したければ聞くけど?」
話をふってみたがキリルは曖昧に笑っただけで何も答えない。
カインはそれ以上聞くことはせず、ただ持っていたデッキブラシを差し出した。
「やっぱりもう一本持ってこよう。夢見が悪かったなら、体を動かすといい」
「え? ……あ、うん。ありがとう」
他愛のない会話を交わしながら、朝日を浴びて。
船の看板をひたすら磨いた。
起きてきた仲間に、“元リーダーと現リーダーが揃って何やってるんだ……?”という内容のことをあきれた声で言われるのは、もう少し後のこと。
talk
あほうな話を書くはずが、シリアスっぽい話になりました。なんでだろ?
起きてきた仲間が誰かというのはご想像にお任せします。好きなキャラを当てはめてください。
2005.10.25