01.君が笑うから (テッド&坊)
「テッド、いるかー!」
「おう、開いてるぞ!」
玄関を開けて入ってきたのは、頭に緑のバンダナを巻いた親友だった。リュウはいつも通りの格好で、普段と同じように家に上がってくる。勝手知ったる他人の家とはよく言ったものだが、リュウは「茶くれ、茶」と自分でコップと飲み物を取っていく。
「んで今日はどした?」
「俺らの秘密基地あるじゃん。そこにカインを連れて行こうかと思ってんだけど」
「あー、まだ教えてなかったか」
リュウがテッドの家に遊びに来て、一緒に出かける。何てことない日常風景。けれど本当は終わったはずだった、風景。
世界に未練があったかと言われたら、あったと明確には答えられない。永すぎる時を生きて、多すぎる命を奪ってきた。数えた日の数は人の一生には十分すぎるくらい十分だった。これ以上生きたいなんてそれは贅沢というものだろう。
けれどなかったかと問われても、やっぱり絶対になかったとは言いきれない。三百年の旅の果てにようやく親友と呼べる相手に出会えたのだ。やりたいことならいくらでもあった。話したいこともいくらでもあった。まだ離れたくなんかなかった。できることなら、一緒に生きていたかった。
こうして“こちら側”に戻ってこれた自分は、きっとものすごく幸運だったんだろう。
「ごちそーさん。テッドは? 飲むか?」
「いや、俺はいい」
「そうか。じゃあ片付けよろしく」
「たまには自分で片付けろよなー」
リュウが使ったコップを受け取って流しに持っていったら、リュウはきょとんとした顔つきでこちらを見た。
「やってもいいけど、コップ割るぞ?」
「……訂正、いい加減皿くらいまともに洗えるようになってくれ」
「はっはっは、それは無理というものだ親友!」
「偉そうに言うことか!!」
これからどうするか、まだあまり考えてはいないけれど。
「よし行くか、テッド!」
「おう!」
こうして君が笑うから、光だけが世界に満ちる。
02.今はただどうしようもなく
群島生まれの少年を連れて行ったのは、グレッグミンスター近くの丘の上だった。山と呼べるほど高いわけではなかったが、丘というほど低くもない、そんな場所。道も獣のものしかないし、途中には大人の背丈ほどの崖もある。今まで何度来たか分からないが、ここで誰かに会ったことは一度もない。二人だけの秘密基地にするには絶好の場所だった。
「――へえ」
「いい眺めだろ?」
グレッグミンスターの全景を見渡せるその場所からの景色は最高だ。一番いいのは夕方だが、昼は昼でなかなかだ。黒服の少年――カインは、しばしその景色に見入った後、静かに「きれいだね」と呟いた。「だろ!」とリュウは笑って親友と顔を見合わせる。
「グレミオに兎でも狩って来てくれって言われてるんだ。けどそんな小物じゃなくって」
「鹿でも獲って帰ろうってか?」
テッドがリュウの言葉を遮って言い、にやりと口元を釣り上げる。さすがは我が親友、よく分かっているではないか。ふふんと同じくリュウも笑みを作り、トンと拳を合わせた。
「負けねえぞ」
「俺だって!」
どちらが先に獲物を見つけるか、どちらがそれを仕留めるか。何かあるたび勝負をするのはいつものことだ。今回はカインにも勝負に参加してもらうことにしよう。
「カイン、分かってるよな?」
「何を賭けるんだい?」
いつもはジュースを奢るとか屋台で売っているものを奢るとか、適当に決めていた。何にしようかと考え、もう一つグレミオに言われていたことを思い出してリュウは笑う。
「じゃあ負けた奴が俺の部屋を片付ける!」
「待てリュウ、それは誰が勝ってもお前が得するようになってないか?」
「俺が負けたら俺も片付けるんだぞ?嫌じゃないか」
「散らかしたお前が悪いんだろ」
「細かいこと気にするなよ親友。さー行くぞー勝つぞー!!」
「待てこらああ!!」
森の方に向かって崖を駆け下りながら、さてどっちに行こうかとリュウは辺りを見回した。テッドがすぐに追いついてきて後ろから服を引っ張られる。視線が合って互いに笑った。賭けの景品交渉には取り合わず、どうでもいい冗談を飛ばしあう。
隣に彼がいることが、今はどうしようもなく幸せなんだ。
03.どうかお幸せに
音と気配を立てないように注意しながら、3人は森の中を進んでいた。獲物を探して目を凝らし、他の生き物の気配を探る。目指しているのは川だ。水飲み場には何かしら獣が寄ってくる。
「あ」
大きな木の向こうに何かを見つけてカインは立ち止まった。他二人もほとんど同時に気がついて、同じ方向に視線を向ける。見えたのは黒い獣の影が4つ、ゆっくりと小さな群れを成して移動していた。
「……あれも一応、獣だけど」
「モンスター食う気か?」
「まあ肉には違いないが……俺は遠慮する」
「俺も」
モンスターだから嫌だとは2人とも贅沢だ。一応肉ではあるのだし、焼けば普通に食べられる。群島の海に住んでいる蟹に似たモンスターだって、アク抜きと下ごしらえを工夫すれば結構美味しい食材になるのに――そんなことを考えていたら、リュウがひゅんと棍を回した。モンスターを見つめる赤い瞳が好戦的にきらりと光る。
「んでどうする? まだ気付かれてないっぽいけど」
「やる気満々で聞かないでくれないかな。僕らに選択権はあるのかい?」
カインが尋ねると、リュウは笑顔できっぱりと言い切った。
「あるわけないだろ」
「なら聞くな!!」
テッドのツッコミはもっともだ。そしてその声に気付いたのだろう、モンスターの群れが一斉にこちらを向く。確かに選択権はなかったなと思いながら、カインは静かに双剣を抜いた。シャランと聞き慣れた金属音が鼓膜を叩く。
「お先っ!」
リュウが先に飛び出して行き、木々の合間を抜けて一気に敵陣まで辿り着く。その勢いのまま一体を棍で突き上げ、大きな体を一撃で吹き飛ばした。カインも前に出て静かに剣を横に凪ぐ。獣の首が重力にしたがってぽとりと落ちた。
襲ってきたモンスターの攻撃は剣で流す。カインがすっと体をずらして避けると、モンスターは勢いのやり場を失って一瞬重心が揺らいだ。その隙を狙って胴をリュウが棍で突く。そしてほぼ同時に、テッドの弓が獣の頭に2本突き刺さった。咆哮の後、それはどうと音を立てて倒れる。
もう一体はといえば既に矢を受けて倒れている。戦闘終了――カインは血を払ってから剣を鞘に戻した。しんと静寂が戻ってきて、風だけが音を立てて抜けていく。
「あーあ、今の声で鹿逃げたかな」
「3体は静かに倒したんだけどなー」
4体中3体を声も上げさせずに倒したのだから、普通は上出来と言える域である。しかしテッドとリュウは気にいらなかったらしく、2人であーだこーだと反省会を繰り広げている。しかし2人の会話は大抵それて飛んでそれまくるので、気付いたらただの雑談に変わっていた。
テッドもリュウも、よく笑う。テッドは『人間こうも変われるのものか』と驚くくらいに明るくなった。久しぶりに彼と再会した時は少しあっけに取られたものだ。それだけテッドにとって、リュウとの出会いは大きな意味を持ったのだろう。人生を変えられるだけの何かに出会えるのなら、長い時を生きることも無駄ではない。
「んじゃ俺これ登って見てくる」
「おう、気ぃつけろよー」
カインがぼんやりしているうちに話がまとまったらしく、リュウが一番大きな木に慣れた動作でよじ登っていく。その様子を眺めるテッドはやはり楽しそうだった。
「……お幸せに」
「は?」
テッドがきょとんとした表情でこちらを振り返る。今の言葉がはっきり彼に聞こえたのかどうか、カインには分からないけれど。
――どうかお幸せに。
それを心から、願う。
04.それは安らぎにも似た
森で一番高い木の上に登れば、かなりの範囲が見渡せた。リュウはバンダナの先を風にはためかせながら獲物を探す。兎なんて小さなものより、どうせなら大きな動物を狩りたい。
空の青と木々の緑がずっと先まで続いていて、その向こうにはそびえ立つ山々が見える。鳥の群れも点のように小さくて、強く吹く風に緑がしなった。自分がとても小さく思えるほど、美しくて雄大な景色。山の向こうには何があるんだろうと思ったら何だかわくわくした。
「テッド! カイン!! お前らも登って来いよ!」
下に向かって呼びかけるが、かなり上まで登ってきてしまったためにうまく伝わらなかったらしい。ならば手振りで伝えてやれと、枝の上から身を乗り出した――
――ら、落ちかけた。
ずるりと体が滑ってしまい、慌てて幹にしがみつく。どうにか落下は免れたが、変な体勢になって戻るのに苦労した。下ではテッドが何やら喚いている。よく聞き取れないが、たぶん驚かすなばかとかそんな内容だろう。
「二人も来いって! ほら!!」
身振りで手招きすると、今度はちゃんと伝わったらしい。テッドは慣れた様子でするすると、カインは少々戸惑い気味にゆっくり登ってきた。木が高いんだから気をつけろと傍に来るなりテッドが言う。けれどそんなことより景色を見せたかったから、リュウはテッドの顔を両手で挟んでぐいと回した。
「痛ぇなオイ!」
「いいから見ろって!!」
どこまでも続く自然の中で雲と草木が揺れている。時折動くものが目の端に映ったけれど、そんなものはとても小さい。ずっと続いていく世界、ずっと続いていく時間。
「……すっげ」
「だろ?」
テッドが小さく呟きながら目をしばたいたので、リュウはにやりと笑った。二人で作った秘密基地から見えるグレッグミンスターもかなりいいと思ったが、それ以上だ。カインもようやく上まで辿りついて、「すごいね」とわずかに上気した声で言った。
「な、ここにも作ろうぜ秘密基地!」
「こんな上にか? 危なくね?」
「えーいいじゃん平気だって!」
世界地図を頭に思い描きながら、東の山の向こうには何があるだとか、北はどうだとか、時間を忘れて話をした。自分はまだ数年しか旅をしていないけれど、テッドやカインはずっと旅をしながら生きてきた。行ったことのない場所や見たことがないものを教えてもらったら、行きたくて仕方がなくなった。いつか一緒に行こうと、そんな約束を交わす。
話題はちっとも尽きなくて、気付いたら空が赤らみ始めていた。まだ全然話し足りなかったけれど、焦らなくても明日がある。
ずっとずっと一緒に続いていく時間。それは安らぎにも似た、幸せな日常。
05.しあわせのあとさき
「“俺たちを誰だと思ってるんだ、大船に乗ったつもりで任せとけ”って言われたから、そのつもりで任せたんですけどね……」
帰宅したテッドたちを待っていたのは、そんなグレミオのため息だった。うっかり木の上で話し込んでしまい、気付いたらもう夕方だったのだ。何をしに出てきたのかを思い出して慌てて獲物を探したが、見つけられないうちに暗くなってしまった。
“肉抜きの夕食”と“遅くなったことに対するグレミオの雷”を天秤にかけ、三人は肉抜きの夕食をとった。肉はあるに越したことはないしあった方が嬉しいが、無くてもグレミオの料理は十分美味しい。雷が落ちるよりずっとマシだ。一番最後まで迷っていたのはリュウだったが、一番雷が直撃するのも彼である。結局帰ることをしぶしぶ了承してくれた。
「坊ちゃん、俺の肉を忘れるなんてひどいじゃないですか!」
「明日こそ取ってきてやるから文句言うな!」
パーンとリュウの会話を少し離れた場所から見ながら、テッドは口元を釣り上げる。“明日こそは”ということは、明日も彼は自分を誘いに来る気だろうか?そんなことを考えていたら、リュウがくるりと振り返った。
「テッド、明日は朝から出かけるから、今日泊まってけよ! つーかもうここに住まねえ?」
想像の上を行かれてしまった。
「いやーそんな今更。なあ?」
「いいんじゃないですか、僕もこの家にお世話になってますし」
カインに同意を求めてみたが、そうだ彼もマクドール邸に居ついているのだった。昔はソウルイーターを見られたくなくて、そして少しでも離れたくて、マクドール家が所有している離れの家に住まわせてもらっていた。けれどもうソウルイーターはリュウの手にあるし、彼が来いというのなら承諾してもいい気がする。
「いいじゃん、部屋余ってるし。な! 一生のお願い!」
「俺の口癖真似すんなよなー」
苦笑気味に口元を緩めながら、テッドは首筋をかいた。グレミオやパーンもクレオも、皆同じように勧めてくる。食事はずっとマクドール邸で取っているし、まあ、いいか。テッドはリュウとカインを順に見て、にいと笑った。
「引越しは手伝えよ?」
「おう!」
「はい」
リュウがぱっと顔を輝かせ、他の四人もそれぞれ嬉しそうに顔を見合わせる。居心地のいい家だなと、テッドはそれを見ながらぼんやりと思った。離れたくないと思ってしまうくらい、テオがいた頃からマクドール邸はあたたかい場所だった。
「さて、今日は歓迎会ですか?」
「歓迎会は肉がないから明日!」
「じゃあ、明日こそは狩ってきてくださいね?」
幸せは今も昔も、これからも、ずっと。
talk
雰囲気的な5つの詞:幸
お題配布元:http://airtitle.nobody.jp/
散文5つ。憶の方がシリアスを突っ走ったので、ちょっと彼らを幸せにしてやりたく……なったのですよ……。テッド生き返りはアンソロオンリーのつもりで考えた設定だったのですが、やっぱ楽しいな。
冬に無料配布した「一日限りの幸せな夢」のテッド生き返りバージョンみたいな話。2以降は拍手のお礼でした。たまにいろんな所で引っ張り出してますが、秘密基地についてはマイ設定です。
2007.1