窓の外は止むことなくざあざあと降り続く雨。雨粒が水溜まりに作る波紋は途切れることはない。生まれては消え、作られては拡散する。それをぼんやり眺めながら、リュウ=マクドールは頭を流れたメロディを口ずさんだ。
「あ-めあ-めふ-れふ-れ母さ-んがーじゃーのめ-でおー迎え嬉しーいなー」
「ちょっと! そんな歌、歌っちゃだめですよっ!!」
しかしすぐサキの制止が飛んできて、苦笑しながら振り返った。
というかよく自分は音痴だと言われるのだが、そして自分でもそう思うのだが、よく今のが歌だとわかったなと思う。年齢を5歳くらい下に間違えてしまいそうなくらい小柄な軍主は、作ったばかりのてるてる坊主を握り締めながら力説する。
「明日はせっかくのお祭なんですよ!? このままだと中止になってアイスクレープが食べられないじゃないですか!」
サキの中では祭=アイスクレープなのかと思いつつ、リュウは再び外に視線を移した。地面は水が覆っていて、歩けば確実に泥が跳ねる。今この瞬間に止んだとしても、明日までに乾くのは無理というものだ。
「リュウさんも手伝ってくださいよ。てるてる坊主さんをいーっぱい吊すんですから」
しかしそう言うサキの周りにはすでに50近いてるてる坊主が散らばっていて、手伝う必要性があるようには見えない。ふと今朝のシュウとサキの会話を思い出す。
『シュウ、今日の訓練も会議も全部中止! 今日は皆総出でてるてる坊主を作ろう!』
『却下です。そんなくだらないことで中止するわけにはいきません。早く準備してください』
『ええっ、シュウはお祭りが中止になってもいいの!? だめだよ絶対だめ! 今日という一日はてるてる坊主を作るためにあるんだよ! 何のためにこんなに人数が集まってると思ってるの!』
『あなた軍を何だと思ってるんですか!!』
もちろん却下された。軍をあげてとは、サキは何体作るつもりなのだろう。しかしどうせ作るなら大量に作った方がいいか、とリュウは笑顔を浮かべてサキの方に歩み寄る。
「それどこに吊すんだ?」
「え? 全部の窓と入り口の予定ですけど」
「甘い! 甘いぞサキ! そんなんで晴れるとでも思っているのか!」
びしっとサキを指差して言ったが、本音は「そんなん面白くねえだろう!」だ。この広い城の全ての窓に吊そうと思ったら1つ当たりの個数が減る。それはそれでほほえましくて可愛らしいが、やっぱりつまらない。
「サキ、てるてる坊主ってのはおまじないだよな」
こくりとサキが頷く。
「おまじないってのは、そもそも儀式なんだ。ただ吊したところで儀式らしい要素はどこにもないだろ」
サキがこくこくと首を振る。邪気のない丸い瞳が期待に満ちた様子できらきらとこちらを見上げてくる。
「だから分散させるんじゃなくて1箇所に吊す。部屋中を、天井という天井を、家具という家具を、窓という窓を、全てを真っ白なてるてる坊主で埋め尽くすんだ!」
「なるほど! 確かに儀式っぽいですね!」
今日はルックというツッコミがいないので止めるものは何もなかった。障害も障壁も邪魔するものは何もない。
さあ、どこまでも行こう。
「やっぱ場所は風呂がいいよな。皆が見るし」
「あっじゃあ呪いの人形も吊します?」
「それいいな。何体ある?」
「59体!」
「俺のも合わせれば110体オーバーだな!」
てるてる坊主と呪いの人形が200体以上首を吊っている図。うんいい感じに不気味だ。サキがそんなにも呪いの人形を集めているとは思わなかったが素晴らしい。
「壁は黒と赤で塗らないと」
「スプレーでよかったらぼく持ってますよ」
「さすがだサキ! ついでに赤い温泉の元も持ってたりしないか?」
「うーん、それはないです……」
二人は同時にううむと悩み、その視線はサキの隣に移動する。ツッコミどころ満載のリュウとサキの会話にも表情ひとつ変えることなく、マイペースに黙々とてるてる坊主を作り続けていた少年――カインの方へ。カインはふたりの視線に気付いて顔を上げ、うんと一度頷いた。
「持ってたと思うよ。ただリュウの家に置いてあるけど」
リュウとサキは歓声を上げて手を鳴らした。どのみち呪いの人形は取りに帰らないといけないから問題はない。
「ていうかお前ツッこむ気はないのか」
「ん? ……ああ、サキ。さっきからてるてる坊主の首が絞まってるよ」
そこかよ。
「えっあってるてる坊主さんごめんなさい!!」
サキが慌てて手を開いたが、今からてるてる坊主たちには首を吊ってもらうつもりである。今から絞めたから何だというのだろう。……まあ、いいか別に。
「とりあえず今からはてるてる坊主を布で作るぞ。ティッシュだと溶けそうだし。それはそれで面白いが全部に溶けられても困る」
「じゃあぼくシーツとカーテン取ってきますね! 大きいの作りましょう!」
「俺は風呂場に誰も入れないように手配しよう」
「ということは僕は入浴剤と呪いの人形を取ってくればいいのかな。サキ、瞬きの手鏡借りていい?」
「もちろんです!」
3人で顔を見合わせ、頷き合ってドアの方に向かう。しかしリュウがノブに手をかけるより早く、外から誰かの手によって開けられた。
「とても楽しそうなお話ですね……?」
立っていたシュウの口元に浮かぶのは、極寒の冷笑。空気が凍りつくような、とてもとても冷たい微笑。
雨音といたずらの内容に気を取られて廊下への注意を怠っていたらしい。リュウは内心ちっと舌打ちをした。
「楽しそうでしょ! シュウも協力してくれるの?」
「そんなわけないでしょうこのアホ軍主ッ!!」
かくして、お風呂de首吊り大会☆呪企画は、
延期となった。
talk
結局やるんです。シュウさんは大変だー(´▽`)
2006.2.23