お年玉

年が明けたらウチに寄ってくれ、と言われていたので、サキは同盟軍の皆と新年の挨拶を済ませたあと、一人グレッグミンスターへと向かった。訪ねるのはもちろんリュウの家。玄関の鐘を鳴らすと、すぐにグレミオが笑顔で迎えてくれた。
 
 
「こんにちは!あけましておめでとうございます!」
「はい、おめでとうございます。どうぞいらっしゃい」
 
 
見慣れた玄関ホールに足を踏み入れると、二階から慌ただしい足音が聞こえてくる。それが誰のものかなんて、考えなくても分かるようになってしまっている。
 
「サキ、早かったな!」
「リュウさん、あけましておめでとうございます!」
 
階段の上に現れた少年が、こちらを見るなりぱっと明るい笑顔を浮かべた。彼は二段飛ばしで階段を駆け下りてきて、最後にはそれでもじれったくなったのか、残り三分の一は一度のジャンプで終わらせてしまった。
 
「おめでとさん!悪かったな、新年からわざわざ来させて」
「いえ。ぼくも挨拶に来たかったですから」
 
 
まずはついて来いと言う彼に従って、一階の廊下を進む。リュウに連れて行かれたのは一番奥のクレオの部屋だった。
家人に挨拶をして回れということなんだろうか?部屋の中から姿を見せたクレオに、サキは頭を下げながら年始の挨拶を口にした。そして互いにおめでとうと言い合ったあと、
 
「今年も坊ちゃんのことよろしくね」
 
そんな言葉と共に彼女から渡されたのは、小さなぽち袋だった。たまご色にラインが入っただけの、とてもシンプルなもの。けれど確かに中身があることを示して膨らんでいる。
 
 
「えっあの、こんなの頂くわけには……!」
 
 
サキは慌てたけれど、まあいいからと手の中に握らされてしまった。しかも自室から出てきたパーンやグレミオからもそれぞれに渡されてしまい、サキはおろおろと四人を見回す。
普段から世話になりっぱなしだというのに、お年玉まで貰ってしまってはなんだか申し訳ない。
 
「いーじゃん、もらっとけって。子供の特権だぜ?」
 
リュウはそう言って笑って、自身も三人の大人たちからぽち袋を受け取っている。あれっ彼はいつまで――というのは、きっと聞いてはいけないのだろう。
 
 
「でも、そのう」
「気にすんなって!今年のアイス代にでもしろよ」
「アイス代っ!?」
 
 
魅力的すぎる提案に、サキは思わず目を輝かせながら手の中のぽち袋を握りしめてしまった。元旦から好物のアイスクリームを食べられるとしたら、それは一体どんな幸せだろう。
何個買えるかな、っていうかまず何を食べよう、うんと贅沢をしてもいいのなら、ワッフルコーンにバニラとチョコとストロベリーのトリプルにして、そこにバナナやチョコ菓子なんかをさしてもらってパフェ風にするとか、いやちょっと待ったこれは一年分なんだから、一日一個か三日に一個くらいのペースでちょっとずつ使うべきかもしれない、それなら安めのところで時間をかけて味の制覇を目指すべきか、やっぱりストロベリーとチョコは外せないしレーズンもミントも食べたい、それにちゃんとナナミにも買ってあげなくちゃ、もちろん自分のよりいいやつを、ああそれだったらナナミが前に見つけてきたアイス屋さんに一緒に行こう、他にもアイスが好きな子を何人か誘って、それからそれから、ええと――
 
 
「……なあ、そろそろ帰ってこーい」
 
 
とんとんと頭を叩かれ、サキははっと我に返った。慌ててゆるみきっていた頬を元に戻す。
 
「あっその、……すみません」
「いや、楽しそうで何よりだ」
 
リュウがにいと笑って、他の三人もそれぞれ笑顔を浮かべていたので、サキは少し小さくなりながら「すみません、ありがとうございます。大事に使います」と頭を下げた。
どうやら年明けに来てほしいとリュウが言ったのは、このお年玉のためであるらしい。ぽち袋にはしっかり〝サキくんへ〟と名前まで書かれているし、前もって準備してくれていたのだろう。
 
 
「サキ、あけましておめでとう」
 
 
もう一人、奥の部屋から出てくる人物があった。この辺ではあまり見かけない薄茶色の髪に青の瞳。黒い衣服に身を包んだ少年に、サキは再び挨拶をしながら頭を下げた。
 
「はい」
 
彼からも、小さな袋を差し出される。
 
「え?」
「……へ?」
 
サキだけではなく、リュウまでもがぽかんとした表情を彼に向けた。どうやらリュウにとっても予定外のことであるらしい。
渡されたのはもちろんぽち袋で、別に何の変哲もないけれど、ないんだけれど、どうして、彼から?
 
 
「……お前もくれんの?」
 
 
リュウが不思議そうな目でカインを見た。カインは袋をこちらに差し出したまま、一つ頷く。
 
「いらない?」
「え、いや、くれるなら貰っとくけど……なんで?」
 
リュウの言葉に、今度はカインが不思議そうな顔をする番だった。
 
「……僕、君たちのおじいさんよりずっと年上だよ?」
「あっ、そう……でしたっけ」
 
 
サキは思わず胸の前で手を打つ。
見た目が十六前後だから時々忘れてしまうけれど、彼はもう人の寿命の倍くらいの時間を生きているのだった。しかし友人からお年玉を貰うというのも、それはどうなんだろう?
戸惑うサキをよそに、リュウは笑顔で差し出されたぽち袋を掴んだ。
 
 
「じゃあありがたく。さんきゅー、じいちゃん!」
 
そしてリュウが腕を引いたけれど、なぜだか受け渡しは成功しなかった。
 
「……、」
「……ん?」
 
 
カインの手から、ぽち袋が離れなかったからである。リュウがもう一度ぽち袋を引っ張ったが、やはりカインは離さない。
 
「え、くれるんじゃねえの?」
 
リュウがぽち袋を見下ろしながら言った。しかし返事は何もなかった。カインの顔を覗き込んでみたけれど、特に表情に変化がなくてよくわからない。
ぽち袋を掴み合ったまま、リュウがこちらに耳打ちしてくる。
 
 
「……ちょ、なあ、これどういうこと?」
「もしかして〝じいちゃん〟が気に障ったんじゃ……?」
「でもそれ自分で言ったんじゃん!」
「ぼくに言われましても!」
 
 
ひそひそと――まあ確実に聞こえているだろうけれど――話し合っていると、カインが無言のままリュウのぽち袋から手を離した。そしてサキの方にも同じものを差し出してきて、それは何の抵抗もなく受け取れる。
 
「ありがとうございます、カインさん」
「どういたしまして」
 
特に気にしている様子も、サキから見た感じではないのだけれど、さっきのは何だったのだろう。
 
 
「さんきゅー、その、じいちゃん……がだめだからおじさん、もだめだよな……ええと」
 
リュウが困った表情をしながら言い直しを試みる。別に名前でいいんじゃないかとサキは思うのだけれど、そこはきっと彼なりのこだわりがあるのだろう。
 
 
「に、兄ちゃん!」
 
 
苦しそうにリュウが言った。
やや間があった。
 
「……どういたしまして」
 
 
カインがわずかに複雑そうな表情をしながら頷いた。「なあこれセーフってこと?」とリュウに聞かれたけれど、そんなことサキに分かるはずがない。
 
「まいっか……」
 
リュウが頭をかきながらそう言って、貰ったぽちぶくろたちをまとめてポケットに入れる。そしてサキの手をぐいと引いた。
 
「次こっちな。うちのおせち、つまんでいけよ」
「えっいいんですか!」
 
 
台所に向かって走り出した二人の後ろから、「食べるんだったらつまむんじゃなくてちゃんとお出しなさい」とグレミオの声が飛んでくる。マクドール家のおせち料理なんて、どんな豪華なものなんだろう。間違いなくおいしいに違いないくて、想像するだけで腹の虫が暴れ出しそうな気がした。
 
 
 
「あっ、あの!今年もよろしくお願いします!」
 
 
 
まだその言葉を言っていないことに気づいて、リュウに手を引っ張られながら、サキは振り返ってそう叫んだ。
この一年も、一緒にいられますようにと願いながら。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
2009年冬(1月インテ)で配った無料配布本です。
手製のぽち袋作って、小説をお札サイズの紙に印刷して、とにかく楽しかった覚えがあります!(*´▽`*)