大切なものを君に

渡したいものがあるんだと言って、ラスはアトリの手に何かを乗せてきた。

何だろうと視線を落とせば、小さな木彫りの人形がアトリの手の中に収まっている。それはほんの少し冷たく、硬い感触がかすかな重みを伝えてきた。人形と言っても上半身のシルエットだけを模したようなシンプルなもので、頭も凹凸があるだけで表情らしいものは無い。黒く変色しかかった表面にはあちこち傷が刻まれ、創られてからの過ぎた時を示している。よく見ると判る少し歪なシルエットが、逆に手作りの温かさを感じさせてくれた。

これは――何だろう。
黙って顔を上げると、ラスは「それな、」と言って笑った。

「10の誕生日に、マリカたちから貰ったんだ。それ、シトロ村じゃたまに作るお守りでさ。ジェイルとディルクが木を切って来て、マリカとシス姉が掘ってくれた」
「えっ、そんな大切なもの、貰えないよ」

誕生日に贈られたお守りは、きっと彼の息災を願って作られたものだ。こんな想いのこもったものを受け取るなんて出来ない。しかし返そうと動きかけたアトリの手を、ラスが掴んで止めた。

「アトリはオレに大切な剣を譲ってくれただろ。だからオレも、大事なモンをアトリに譲りたいんだよ」
「でも――このお守りには、君の大切な人たちの気持ちが詰まってる」

貰う気なんて全くないし、こんなものを渡してはいけないということを、どう言えば判ってもらえるだろうとアトリは瞬時に思考を巡らせた。けれど、

「それはアトリがくれた剣だって同じだろ?」

というラスの言葉に、ぴくりと指が動く。

「オレはアトリの言う“あの人”のこと、よく知らねえけど……でもあの剣は、“あの人”がアトリに、何かの気持ちを込めて渡したもんだと思うんだ」
「……、でも」

神獣の剣を恩人から渡された時、アトリは“形見分けのようだ”と思った。大きな戦いに赴こうとしていたその時に託されたものだったから。彼が何を思って譲ってくれたのか、聞いてなどいないし今となっては知る由もない。ただアトリは、己の世界に彼の世界と同じような組織が現れた時に改めて剣を見て、次の戦いを託されたのかと、思った。自分が負けた時は頼むという意味なのだと考えた。だから――だから、この剣を受け継ぐに相応しいのは自分ではなくラスだと感じたのだ。彼の世界はラスのもとに現れたのだから。

アトリだからというよりも、次に続く誰かに、渡したかったのかと。
だからこそ他の何かではなく剣を託されたのかと。
そう、思っていたけれど。

「貰ってからずっと使ってたけど、これ、すげー剣だよ。こんだけの物をお前に渡すってことは、そんだけアトリにって気持ちがこもってたと思うんだ」
「そう――かな?」

首を傾げたアトリに、「そうだよ!」とラスは強く言った。

「だって、武器は相棒だろ?」
「相棒……?」

確かに、“彼”が長い間使っていた剣ではある。その柄や装飾には戦いの跡がいくつも刻まれているし、神獣の剣と共に潜り抜けてきた場所も多くあっただろう。
しかし“相棒”なんて、彼らしい。そう思ったら口が勝手に緩んだ。
そんな意味もあったのだろうかと考えて、ラスが言うならそうなのかもしれない、と思った。性格は違っているけれど、彼らは根っこの部分が似ている気がしていたから。

だったらいいな、と思う。
尊敬してやまないあの人が、かつての相棒を譲ろうと考えてくれたなら。
それは、とても嬉しい。

「つーか、この剣さ……ほんとにオレが貰って良かったのか?」
「いいんだ」

渡すときには迷いもしたけれど、きっぱりとアトリは言った。
彼に剣を手渡さなかったら、今の話にも気付けなかったかもしれない。
自分は彼から剣の使い方やいくつもの技、ものの考え方を教わった。

心を、貰ったから。
形は、彼の力と鎧を、そして世界を継いだ人の手に。
渡した剣には、自分の思いも詰まってる。

「それは君に受け継いで欲しい。その鎧と、一緒にね」
「……そっか」

わかったとラスは言って、じゃあ、と続けた。

「アトリもこのお守りを受け取ってくれ。大事なモンの交換だ。オレ、大きな病気も怪我もしたことねえし、結構ご利益あるぜ?」
「――うん、ありがとう」

それとこれは意味が違うような気がしたけれど、彼の気持ちが嬉しかったから、貰っておくことにした。
渡したい理由が同じなら、アトリには断れない。

「それと、これも」

引きかけたアトリの手に、ラスはもう一つ人形を乗せてくる。先に渡されたものより小さく、かなり歪な、けれど同じ種類のものだと判るそれを、誰が作ったのかなんて聞かなくても判った。想いの詰まったお守りが二つあれば、この先どんな危険な戦いからも無事に帰って来られるような気がする。

「あんまりうまくねえけど……」
「ううん、嬉しいよ。ありがとう」

アトリがにこりと笑ったら、ラスも照れくさそうに笑顔を広げた。

「それから――ごめんね」

表情を苦笑に変えてアトリは言う。剣をラスに渡した理由には、自分のわがままも混じっていた。恩人の星の力と鎧を持った人物が、彼の使っていた剣を持つ姿が見たかったのだ。剣と鎧と星の力を持った誰かの隣に立って剣を振るってみたかった――かつて願っていたことが、叶わなかったから。そこに悪意などは無かったけれど、あの戦闘の瞬間だけは、彼を“代わり”にしてしまったのだ。

「ん? まあ、気にすんなよ!」

明るく笑うラスを見ながら、(どこまで判ってるんだか……)とアトリは苦笑を深くした。

彼でよかった、と思う。
大切なものを、託せる人が。

神獣の剣を渡すイベントからの妄想でした。

「その剣を持った君と、一度でいいから一緒に戦ってみたい」っていうのは、つまり、あの人の代わりなのかなあ……と。アトリはあの人の隣に立ちたかったんだよね、と思う。最後の日に追い返されて、叶わないままになってしまったから。一度だけ、わがままを許して、ってことなのかと思いました。だとしたら、あのイベントでのアトリの心境ってすっごい複雑ですよね。
団長さんは気付いてくれたんだろうか……。気付いてたとしたら、「淋しくなったらいつでも来いよ!」って言ってくれそうな気がします。団長さんの度量はでっかいと思ってる!!

あの人がアトリに剣を託した理由は、「次に繋がる誰かに渡したかった」ではなくて、「アトリだから継いで欲しかった」ならいいなあと思います。でないと淋しい。

アトリが団長さんに剣を譲った理由は、(健全で考えたら)、団長さんがあの人の世界、砦、鎧、星の力、全てを継いだからかな……と思います。あの人の子供だって予感があったからかなあと思っていたけど、違ったのかなあと最近考えました。守りの部分を全て継いだのなら、刃も一緒に持っていて、的な。子供の話はどうしても根拠になるもの少ないですしね……アトリはもうちょっと確実な理由で動きそうな気がします。

あの人とアトリも好きだー!!!あの人とアトリのやりとり見たかったよう!!!!涙

09.10.31