過去からの贈りもの

部屋の掃除は得意ではない。出したものはついそのままにしてしまうし、買って来たものもその辺に放り投げ、棚も引き出しも雑然としている。そして部屋に広がるカオス空間を見るたびうんざりして、片付ける気がさらになくなるという悪循環だ。もちろん使い終えた物をすぐ片付ければいいということは理解しているが、行動が伴うかどうかは別問題だった。
 
 
だから時々、不意に、存在すら忘れていたものが見つかることがある。
 
 
久しぶりに読もうと思った本を手に取ると、ページの間から折りたたまれた紙切れが一枚ひらりと落ちた。それはベットの下に滑り込んでしまったが、気になったので手を伸ばして拾い上げる。
 
「……何だっけ」
 
少し古さを感じさせ始めた紙切れを見下ろしながら、リュウは小さく呟いた。本をベッドに放り投げ、その横に腰を下ろす。眺めてみると紙切れには何かが書かれていることが見て取れたので、ゆっくりと開いてみた。
 
『ばーか』
『何だとーー!』
 
最初に飛び込んできたのは、そんな2人分の文字。『つーかあっち超盛り上がってないか?』『俺も酒飲みてえなあ』『明日釣り行かねー?』などと、無地の紙にはあちこちに文字の塊が散らばっている。
 
それは、他愛のない筆談の跡だった。
 
きっと隣に座って無言の雑談を繰り広げていたのだろう。左側には自分の文字が、右側にはテッドの文字が集まっている。かと思えばテッドの文字が左側に侵入してきたり、逆に自分が右の端に書いてみたりもしていた。書く場所も話題もかなり自由に選んでいたらしく、一体どういう順番で話していたのか、内容から推測するのも少し難しい。
 
 
『あー寝そー』
 
テッドがそう書けば。
 
『寝れば? まぶたに目ぇ書いといてやるよ』
 
と、自分は答えたらしい。まぶたの上にペンの目を乗せたテッドの顔を想像して、リュウはつい笑ってしまった。
 
 
一体どういう状況でこんな筆談をしていたんだっけか。たぶん夏の日、隣に座って。もう夜だった気がする。ああそうだ、テオがアレンやソニアたちを家に呼んでいて、夜もふけたところでそろそろ部屋に戻りなさいと追い出された。けれどまだ眠くなんてなかったから、リュウの部屋に引っ込んだあともこうして喋っていたんだっけ。
 
あまり騒ぐと「寝なさい」というお叱りが飛んでくると分かっているのに、時々テッドが変なことを書いたり身振りで説明したりするから、結局2人とも声を上げて笑ってしまった。
結局グレミオに怒られて灯りを消されたけれど、寝具に潜ってからもずっと小声で喋っていて、気付いたら寝ていた。朝起きてから筆談の跡を見て、「うわフリーダム」なんて言って笑ったんだっけ。
 
 
「懐かしいな――」
 
テッドの筆跡なんて久しぶりに見た。字はそれほど上手くはない。大したことが書いてあるわけではないのについ読み返してしまう。何度も、何度でも。ゆっくりと字面をなぞるように。それを見ている間だけは、過去に戻れるような気がしたから。声が聞こえる気がしたから。
 
捨てずに本に挟んでいたのは、きっと自分が面倒くさがったからなんだろう。片付けろとはよく言われるけれど、こうして思い出の品が見つかった時だけは少し得したような気持ちになる。
 
 
ふとした拍子に蘇ってくる記憶。
それはいつも、あたたかいような切ないような、不思議な気持ちにさせる。
 
彼に言ってやりたいことはたくさんあるはずなのに、明確な言葉には出来なかった。リュウは口元を緩め、ただ小さく、自分でも聞き取れないほど小さく掠れかけた声で、「……ばかって言った方がばかなんだぞ、ばーか」と先の文字に返しながら、手に持った紙切れをぴんと指で弾いた。
 
「どっか、置いとこ」
 
リュウは紙を元の姿にそっと折りたたむと、過去からの愛しい贈り物を、静かに机にしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
08.11.4