ラス、ジェイル、マリカ、リウ、この4人が集まる場所はいつも変わらない。
村の片隅にある小さな小屋は、特に住む者もいないため、子供たちが“たまり場”と呼んで好き勝手使っている。
破れかかった古いカードからボール、毛布に至るまで何でも揃っているので、呼び名の通り“たまる”には非常に都合のいい場所だ。
昔から子供が大人になるにつれて下に引き継がれる伝統があるらしいので、もしかしたらその小屋は、大人たちが子供のために空けてくれている遊び場所なのかもしれない。
特に約束をしていなくても、暇があれば小屋の戸を叩く。そうすれば大抵誰かが、もしくは自分以外の全員が迎えてくれる、そんな場所だった。
「あれっ、リウもいつものトコ行くの?」
「あー、マリカもか」
今日もたまり場に向かっている途中、リウはばったりマリカに出くわした。
彼女の手には布のかかったバスケット。「それ何?」と聞いてみれば、彼女は「お姉ちゃんからの差し入れ」という返答をくれた。へえ何だろうと思いながら布をめくろうとしたら、「着いてから!」と手の甲をはたかれてしまった。
「いーじゃん、ちょっとくらい」
「だーめ」
口を尖らせながらブーイングを投げてみたけれど、マリカは聞こえないふりをして行ってしまう。リウは、けち、と一言呟いてからそれを追いかけた。
いつもの見慣れた建物が目に入ったあたりで、小屋の中がやけに騒がしいことに気がついた。何かが壁に当たる音や、喧嘩をする声。間違いなくラスとジェイルだ。リウとマリカは一度顔を見合わせてから、駆け足で小屋へと向かう。
「ちょっと、何の騒ぎ!?」
小屋の戸を勢いよく開けたけれど、取っ組み合いをしている2人がこちらに注意を向ける様子はなく、耳が痛くなるくらいの声でわめきながら喧嘩を続けている。カードは床に散らばっているわ、ゴミ箱は倒れて転がっているわ、他にもたくさんの物が散乱していて部屋の中はめちゃくちゃだ。
「……はあ。リウ、ちょっと持ってて」
マリカが手の中のバスケットをこちらに寄こした。リョーカイと小さく呟きながらリウは一歩後ろに下がる。あの中に割って入ろうという気力と元気は残念ながらリウにはない。
「あんたたち! 一体何やってんのよっ!!」
2人の怒声にも負けない、いや確実に勝っている大声でマリカが叫ぶ。リウは「耳いてー」とこっそり呟きながら片耳を塞ぎ、喧嘩をしていた2人もようやく来訪者に気付いて互いの胸倉をつかんだまま動きを止めた。
「もう一度聞くよ。何の騒ぎ?」
腕を組んで仁王立ちするマリカを見て、2人は乱暴に互いの服から手を離した。
そしてそれぞれそっぽを向きながら言う。
「だってジェイルが!」
「いいや、ラスが悪い」
それでは何も分からない。マリカにさらに睨まれ、2人はようやくいきさつを話し始めた。
ラスがたまり場に来る途中、雑貨屋のおばあさんからお菓子をもらったらしい。入っていたのはまんじゅうが5つ。2つずつ平らげ、最後の1つを巡って喧嘩が始まった。
「オレがもらったんだぞオレが!!」
「だが、オレが取った方が早かった」
まあそんなもんだろうと思ってはいたけれど、実にくだらない。
苦笑するリウの隣で、はあとマリカがため息をついた。
気がかりなことを試しに聞いてみる。
「ちなみにそれ、オレたちの分はねーの?」
「あっ、そうよ! あたしたちの分は!?」
沈黙があった。
ラスが頭を掻きながら言う。
「えっ……だっていなかったし」
無いらしい。
「えー! 1個くらい置いといてくれよー!」
「そうよ! 2人で食べちゃうなんて!」
非難の声を上げれば、ラスとジェイルは決まりが悪そうに顔を見合わせたが、
「……オレは待たなくていいのかと止めた」
「なんだよジェイル! おまえの方が勢いよく食ったくせに!」
「しかし事実だ」
「はあ!? だったら食ったことも事実だろ!」
「結局最後はおまえが奪って食べただろうが!」
また喧嘩が始まってしまった。
屁理屈を言うなとか、だいたいおまえはいつもとか、再び言い争いながらの取っ組み合いが始まる。手も足も使えるものは全部使っている上に物も投げる。リウはその迫力に一歩後ずさったが、マリカは逆に一歩前に出た。
マリカはすう、と息を吸う。
そして両手を振り上げると、拳骨を二人の頭に叩き込んだ。
「いい加減にしないと、またお仕置き小屋に放り込んでもらうよっ!!」
――お仕置き小屋?
リウには何のことか分らなかったけれど、ラスもジェイルもその単語はよく知っているらしい。2人ともさっと顔色が変わり、マリカの言葉を聞くなり大人しくなった。
ラスはまだぶつぶつと文句を言っていたが、ジェイルは完全に黙り込む。
「わかればよろしい。じゃあ片付けなさい」とマリカが頷いて、2人は面倒くさそうな表情で散らばったものを片付け始めた。
何だろう、この効果てきめんの魔法の言葉は。
「あのー、お仕置き小屋って、何?」
村に来てそろそろ1年が経とうとしているけれど、リウはそれを聞いたことがない。マリカから受け取ったバスケットをテーブルに置きながら尋ねると、マリカが「村の一番端にある物置よ」と教えてくれた。名前の通り、悪さをした子供が反省するまで閉じ込められる場所であるのだろう。しかしもう13だというのに、まだそんな場所が怖いのだろうか?
「……それだけじゃねえよ」
カードをひびの入ったケースにしまいながら、ラスがぼそりと呟く。
「出るんだよ、あそこ」
「……、ハイ?」
思わずリウの声が裏返る。出るって何が。いや連想するものは一つしかないのだけれど、出来ればあまり考えたくなくて、リウは顔をひきつらせた。
「出るんだってマジで! 昔あの中に閉じ込められてたら、女のすすり泣く声が一晩中続いてさあ!!」
「窓の外に大きな影がずっと立っていたこともあったな」
「雨なんか降ってないのに、天井から水滴が落ちてきたこともあるぞ!」
「どこからともなく変な笛の音が聞こえてきたり」
「それから――」
「ももも、もうイイデス!!」
リウはぶんぶんと大きく首を振りながら後ずさった。平和な村だと思っていたのに、何だそのホラースポットは! 教えてもらった場所を頭に叩き込んで、今後一切近づくまいと心に決める。村外れにある小屋には絶対に行かないことにしよう。
「あそこだけは嫌だ……」
2人が声を揃えて言う。入れられたことはないけれど、リウも心の底から同意した。
+ + +
ちなみに。
その日の帰り際、ジェイルとラスとは別れたあと、マリカに「ちょっと」と腕を引かれた。
「あんたなら大丈夫だと思うから言っとくけど、さっきの幽霊話はデマだからね」
「えっそうなの!?」
「ラスが聞いた泣き声はお姉ちゃん。すごく小さい頃、閉じ込められてかわいそうって言ってお姉ちゃんが泣いたことがあったの。でも一晩中なんて、あいつ誇張しすぎよ」
「じゃ、じゃあジェイルの言ってた影は?」
「ディルクか父さんか、様子を見に行った誰かだと思うよ」
「じゃあ笛の音は!?」
「それあたし。淋しいかなと思って吹いてやったのに、まったく失礼しちゃうわ」
「な、なあんだ……ビビって損したー」
リウはほっと胸をなでおろす。その小屋の半径10メートル以内には絶対行かないと誓っていたけれど、ちゃんとオチがあるんじゃないか。
けれど、
「あ、でも、落ちてきた水滴は知らないな。あそこ天井裏も何も無いんだけど」
「ええッ!?」
「ほんとに何かいたりしてねー」
最後にマリカがそう言って笑って、しかも詳しく聞こうとしたリウからさっさと離れ、駆け足で行ってしまった。その場に立ち尽くしながら、リウは引きつった笑みを浮かべる。
「ハハハ、まさかねー。水滴なんていくらでも説明つくし、ほら……」
自分に言い聞かせるように呟いてみたけれど、胸の中のしこりが消えることはなく。
夜中に一人、怪しげな小屋に閉じ込められるのは心の底から嫌だ。
「ぜってーオレ、悪さはしねー……」
リウはそう固く誓った。