ユエが店を開くのは、朝の一番早い時間から。まだ町も静かな6時という時間から露店を出していても、客はちらほら訪れる。今日も町の北東にある森の入り口で木々の声に耳を傾けていると、町の方から歩いてくる人影が見えた。その人物はユエの姿にに気付くと笑顔で駆け寄ってくる。
「おはようございます、ユエさん。朝早くからご苦労さまです」
「おはよう、カイルはんこそ今日も早いねえ。よかったら何か見てってや」
ここのところ朝早くに訪れる客の代表はカイルだった。彼は森や山の畑も世話しているらしく、朝一番に町の北に来る。店を構えるユエと顔を会わせることもしょっちゅうだ。
「ずっと思ってたんですけど、こんな森の入り口まで来て危なくないんですか」
心配そうに訊ねるカイルに、ユエは手を振って返した。同じ質問はいろんな人から何度もされてきたから、すっかり慣れた回答だ。
「大丈夫やて。モンスターもこの辺まではめったに来ーへんし」
少なくともユエが森の入り口のこの場所でモンスターを見かけたことは1度しかない。リンゴを思わせる赤く可愛らしい生きものが、恥ずかしそうに木の陰からこちらを覗いていただけだ。特に襲ってくることもなく、しばらく見ていたらそのモンスターはどこかへ行ってしまった。
「めったにって……それ、たまには出るってことじゃないですか」
しかしカイルはその答えでは不満だったらしく、わずかに眉を寄せた。確かに出ないとは言っていないが、ここなら町まではすぐだ。モンスターが町まで入ってくるようなことはほとんどない。
「出たらすぐ逃げるさかい、問題あらへん」
「でも、危ないですよ。こんな所に一人じゃ」
なおも言いつのるカイルに、少し困ったなあと思いながらユエは苦笑する。
「カイルはんは心配性やなあ。こう見えてもウチ足は速いねん。カイルはんにかて負けへんで」
ユエは腰に手を当て、わずかに胸もそらして力強く笑ってみせた。命あっての物種だ、いざとなれば荷物なんて置いて逃げる。今までだってずっとそうしてきた。自分は一人で生きていける。カイルはまだ何か言いたげに口を開いたが、結局言葉は飲み込んでため息に変えた。
「わかりました……でも、何かあったら呼んでくださいね」
大丈夫?と聞かれたことなら何度もあった。そのたびに平気だと返してきた。みんなそれで納得して、それ以上何も言いはしなかったのに。
――何かあったら呼んでくださいね。
初めて言われた、そんなこと。
「……、呼んだら来てくれるん?」
速くなりそうな鼓動を押さえながら、ユエはおずおずと聞いてみる。彼は誰にだって優しい。期待なんてするな、そう自分に言い聞かせる。
「はい」
とカイルはにこりと微笑む。その答えに、表情に、心が跳ねた。
「ほんまに? どこにおっても来てくれる?」
思わず一歩前に出てしまったユエに、カイルは驚いたように目をしばたいた。頬が少し熱い。だめだこんな、これではまるで。恥ずかしい。
「僕に行けるところでしたらどこへでも」
“行けるところなら”という限定にひっかかりを覚えないではなかったけれど、どこへでもと言ってほしかったと少し思ったけれど。
「ふーん」
それでも少し、嬉しかったから。
「……なら、期待しとこ」
ユエは思わずゆるんでしまった口元を、着物の袖でそっと隠した。
まだ親世代も終わってない勢いでプレイ真っ最中なんですけど、叫んでいいかなあ。この二人大好きだー!ユエがちょう可愛いー!
2008.05.02