遠い日の記憶

「こんにちはー」
 
イヴァンがその声に顔を上げると、中央通りからラグナが歩いてくるのが見えた。
 
祝日にカルディアに行商に来るのは、もう1年以上も前からだ。ゼークスとの国境にあるこの町は、かの国の動向を探るのに都合がいい。自然の力が豊かなこの場所は、彼らが捜し求めるグリモアを召喚するのに適している。ゼークスが何かするならここしかないのだ。カルディアに定期的に調査に向かうのは、イヴァン自ら志願したことだった。
 
 
「もう畑仕事は終えられたんですか?」
「ええ、まあ。今日のオススメは何ですか?」
「そうですね――」
 
 
彼がこの町に住み着いたのは、イヴァンが“行商”を始めてしばらくしてのことだ。記憶を失い、森をさ迷う以前のことは何も覚えていないという。幸いなことに住人から牧場を借り受け、それなりに順調に経営しているらしい。
 
商品を見るラグナの横顔を、イヴァンはぼんやりと眺めた。そして遠い記憶に思いを馳せながら思う。
 
 
本当に、似ている――と。
 
 
幼き日、共に時間を過ごした弟に。別れたときはまだ自分も弟も小さかったけれど、断片的な記憶が残っている。弟は何かと「半分こ」が好きだった。例えばお菓子を人から貰ったとき、
 
 
『お兄ちゃんもいっしょに食べようよ』
 
と渡してくる。少ないのだから自分一人で食べればいいのにと言っても、
 
 
『でも、半分こした方がおいしいんだもん』
 
と言って笑うのだ。そしてイヴァンがいいよと言うと、弟はとても嬉しそうに微笑む。
 
 
何度もそんなやりとりをしたせいか、多くは忘れてしまった記憶の中でそれだけがやけに鮮明だ。小さい頃の記憶なんてほとんどは大きくなるにつれ薄れていくし、弟の顔だって完全に覚えているわけではない。――けれど。
 
 
「あ、そうだイヴァンさん」
「どうしました?」
 
 
けれどなぜだか、ラグナを見ていると懐かしい気持ちになる。おぼろげに覚えている弟の姿と目の前にいる彼が、どうしてもだぶって見える。もしかしたらと思う一方で、ただの自分の希望なのかもしれないとも冷静に考えもする。
 
もう一度会いたいと、ずっと願ってきたから。
少し似ているというだけで、勝手に結びつけているだけではないのか、と。
 
ラグナは腰に付けたポケットから何か小さな箱を取り出すと、それを開けてこちらに見せた。中に入っていたのは2切れのむしケーキだった。おそらく手作りなのだろう、プレゼント用というわけではないが、箱の中に薄いシートを敷いてその上に乗せてある。そして彼は言った。
 
 
「さっきサラさんに貰ったんです。よかったら、一緒に食べませんか」
 
――と。
 
 
 
“お兄ちゃんもいっしょに食べようよ”。
 
先ほどまで思い出していた記憶と言葉が重なる。
遠い日への憧憬に胸が詰まって、イヴァンは一瞬息ができなかった。
 
会いたかった。
だってずっと探していたんだ。
 
昔のくだらない喧嘩を話して笑いあったりとか、
恋の話を聞いてからかってみたりとか、
休日に一緒に買い物に行ったりだとか。
 
――そんな、兄弟らしいことをしてみたかった。
 
 
 
けれど「一緒に食べないか」なんて、知り合い相手にも言うことだ。勝手に想像して舞い上がるなんて大人気ない。そう自分に言い聞かせながら、イヴァンは努めて自然に微笑んだ。声が震えないように注意しながら、けれどもしかしたらという希望を込めて、彼の言葉に返す。
 
「ラグナさんが頂いたんでしょう? 私が頂くなんて悪いですよ」
「でも、作りすぎたからと貰ったものですし……何より」
 
ラグナが笑う。
あの時の弟と同じように。
 
 
「食べ物って半分こした方が、美味しいと思いません?」
 
 
 
 
 
――ああ、本当に。
 
彼であればいいのにと思う。
記憶を失っても、中身は全く変わらないのだと思いたかった。
あの時隣にいた弟が、目の前にいるのならどんなにいいか。
 
もしかしたらという予想が、より確信に近づいた気がする。
これは自分の希望だけがそうさせるのだろうか。
 
 
 
 
「あっすみません……半分こなんて子供っぽかったですかね」
 
イヴァンが黙ってしまったからか、ラグナは困ったように頬を掻く。照れたときのその仕草は、記憶にある弟の癖と全く同じもので。
 
 
「……いいえ」
 
 
喜びと切なさが入り混じった複雑な気持ちで胸がいっぱいになる。声を上げて笑いたいような、泣き出してしまいたいような。けれど何も知らない彼に見せてはいけないと、必死で感情を押し隠す。
 
 
「ありがとうございます。今度は私が何か持ってきますね」
 
 
そう言いながら、イヴァンは穏やかに微笑んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2007.7.20 // 願わくば、彼でありますように。
 
 
 
 
 
 
設定を結構うろ覚えなので、イヴァンがどの程度気づいていたのかとか、いつ頃生き別れたのかとか、正直定かではないのですが……!
 
ラストにやられました!何だよお前ら兄弟かよ!!!!!(ノ▽`)。
 
イヴァンが毎週どんな気持ちでラグナを見ていたんだろうとか、気づいてても言えないなんて切ないなとか、萌えツボを刺激されまくってのた打ち回りました。(会話をうっかり読み流したのは、萌えすぎて妄想が頭の半分以上占めてしまったからというのもある)
 
プレイ中、イヴァンは最初「ふーん」程度のキャラだったのですが、クリアしてからは超大好きキャラです。全部買い終わってるのに無駄に会いに行きます(笑)ラグナの恋愛事情を町の人と本人から聞いて、やきもきしてればいいよ!軽くブラコン(と言うと語弊がありそうですが)ちっくな感じに可愛がればいいと思うのです。
 
兄弟万歳!(*´▽`*)ノ