僕が釣りをする理由

昔から釣りが好きだったかと問われても、記憶のない僕には分からない。
 
今はどうかと問われても、やっぱりよく分からない。
 
 
静かに糸を垂らして魚が食い付くのを待っている時間は嫌いじゃないし、大きな魚が釣れると嬉しい。 サオはレオさんに早いうちに鍛えてもらったし、よく釣り場には顔を出す。 けれど僕が釣りをするのは、それが好きだからというのとは少し違う気がする。
 
 
「おはようございます」
「うむ。お主も来たのか」
 
 
朝、町に活気が出始めたばかりの時間。たぶんいるだろうなと思っていたその人は、やはり海の釣場に立っていた。
 
「はい、今日は釣りの日ですし」
「知っていたのか」
「そりゃもちろん。結構楽しみにしてましたから」
 
僕が笑顔でそう言うと、めいさんはふうんと少し満足げに答えた。何だか嬉しく なって、僕はいそいそと釣りの準備を始める。今日のために餌は多めに準備して あるから、夕方まで一日釣りをしても多分大丈夫だ。海に向けてさおを振ると、 落ちた重りが水面に小さく波紋を描いた。
 
 
「めいさんは釣り、されないんですか?」
「するに決まっておる。我はこう見えても釣りが趣味でな」
 
めいさんは僕の隣に腰を下ろすと、同じように釣りの準備を始めた。彼女のさお は服に似た藤色で、身長に合わせて小ぶりに作られているのが可愛らしい。紫が 好きなのかなあと僕はなんとなくそれを見ながら思う。
 
 
「知ってますよ」
「何?」
「魚、好きですよね」
 
 
僕がそれを知ったのは、まだ牧場に住み始めたばかりの頃。たまたま沢山釣れた から、町の人たちに少しお裾分けをした。皆反応はそれぞれだったけれど、一番 喜んでくれたのがめいさんだった。
 
人を寄せ付けようとしない独特な雰囲気を持つ人だと思っていたから、『すまぬ な』と小さく微笑んでくれたのがとても意外だった。驚いたからなのか、それと も別の理由でか。僕は一瞬ぽかんとして、彼女の笑顔を見つめてしまった。
 
『お主、釣りは好きか』と彼女に聞かれ、僕はよく考えもしないまま『はい』と答 えた。それへの返事は『そうか』という一言だけだったけれど、少し嬉しそうだ ったのを覚えている。めいさんは釣りが好きなのかなあと、その時僕はぼんやり 考えた。
 
 
「まあの。魚は生でも煮ても焼いても旨い。お主に貰った魚はいつも美味しくいた だいておるぞ」
「はは、ありがとうございます」
 
牧場の仕事もあるから毎日というわけではないけれど、あれ以来僕はたまに彼女 の元に顔を出すようになった。めいさんを訪ねるときは、必ずその日釣った ばかりの魚を持参する。洞窟で獲れる魚と海で獲れる魚は違うから、『今日はこ れか』と言って彼女も喜んでくれている……と、思う。
 
めいさんと出会ってからまだ一年にも満たない。けれど彼女の好きな魚を大体把 握するには十分な時間だった。それだけ僕がめいさんによく会いに行っているというだ けなのかもしれないけれど。
 
 
「めいさんは、今日はどれくらいまで釣りされるんですか?」
「特に考えておらぬ。お主はどうするのだ?」
「うーん、めいさんに合わせますよ」
「何じゃ、男なら自分の意思をはっきり持たんか」
「手厳しいなあ」
 
僕が苦笑しながら頬をかくと、めいさんはふんと鼻を鳴らした。そして海の方に視 線を移す。まだ幼さの残る可愛らしい顔立ちに、小さな鼻がちょこんと乗ってい る。あまり見つめる機会のない横顔を、僕はただぼんやりと眺めた。
 
 
「ラグナ殿、お主は感覚が鈍いのか?」
「はい?」
 
不意にめいさんの視線がこちらに向いたので、僕はどきりとしてしまう。じっと 見すぎたかと思ったけれど彼女が気にする様子はなく、海の方をあごで示した。
 
「さっきから引いておるぞ」
「あっ!」
 
 
慌てて引き上げたところでもう遅く、折角引っかかった魚はうまく針を外して逃 げてしまった。あーあと肩を落とす僕に、「ぼんやりしておるからじゃ」とめい さんはつれなく言う。
 
「一匹目から逃げられるなんて、幸先悪いなあ」
「自業自得じゃ」
 
やっぱりつれない。いつものことなのだが何だか少し寂しい。「ああそうだ、めいさん」と、 ふと思いついて僕は言う。こちらを向いた彼女に、僕はにっこりと笑顔を返した 。
 
 
「一匹目に釣れた魚をプレゼントしたいんですけど、貰ってくれますか?」
「ほう、喜んで貰おう」
 
口元を緩ませてめいさんが笑ってくれたから、僕はとてもあたたかな気持ちにな る。さっき魚に逃げられたことなどどうでもよくなって、気合いを入れて大きい 魚を釣ろうと心に誓う。
 
 
「何なら釣った魚全部差し上げてもいいんですけど」
「ばかもの。さすがの我でも食べきれんわ」
 
彼女も釣りをしているのだし、当たり前と言えば当たり前だ。でも喜んでくれる なら何匹でもあげたい。
 
 
いつでも魚を手土産にすると彼女は笑ってくれる。何の記憶も残ってなかった僕 だけれど、よく魚がいる場所だとかいい餌だとか、釣りの話をできるようになっ た。
 
釣りが好きかと聞かれれば、分からないと僕は思う。きっとまあそれなりに好き なんだろうけど、釣りをする一番の理由は違うから。
 
魚のプレゼントをめいさんは喜んでくれる。めったに見れない笑顔を、その時だ けは見せてくれるから。彼女に喜んで欲しくて、彼女の笑顔が見たくて――
 
 
だから、僕は釣りをする。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2007.4.12 //
 
書いてみると分かる、自分のめいへのラブっぷり(´▽`)
ラグナ×めい好きなら皆考えるだろうベタな小話でしたー。
最後の一文が使いたかったので、珍しく一人称です。うーん難しいな。