鍛錬の意味を問えど答えはなく

 
 非番の日は基本的にすることがない。内番でもなければなおのこと、時間を持て余すことになる。せっかくのいい陽気、茶でも点てようかと江雪は茶の間に向けて歩いていた。よく日の当たる縁側はとても暖かく、一歩足を進めるたびわずかにきしむような音を立てた。
 
 縁側の中ほどまで歩いたところで、角の向こうから風を切る音が聞こえてくることに気がついた。ひゅん、ひゅん、と軽い音が風に乗って流れてくる。
 屋敷に残っている誰かが素振りでもしているのだろう、熱心なことだ。しかし強くなったところで、その力を戦で使えば、さらなる火種を呼ぶことにしかならないというのに。審神者の主といくつかの時代に赴いたが、どの時代に飛んでもそこは戦の世だ。戦が悲しみを呼び、それが次の戦を呼ぶ。どこかで断ち切らない限り、その鎖は決してなくなることはない。
 
 角までたどり着き、音のする方を見やれば、そこにいたのは小夜だった。
 本体である短剣を右手でしっかりと握りしめ、それに左手を添えるような形で構えている。斬り、突き、素早く移動して飛びながら横に払う。その動きは、何かを狙っているかのように見えた。
 
 ――いや、“何か”ではない。あれは人の急所だ。
 想定している敵は身長170前後というところだろうか、喉笛、肺、心臓、肝臓、背後に回って頸椎――それは、一撃で確実に相手の息を止めるための所作で。
 
 江雪は眉をひそめ、小柄な背に声をかける。
「小夜、何をしているのです」
 江雪が見ていることくらいとっくに気付いていただろう。小夜はようやく剣を振るう手を止めると、ゆっくりとした動作で半身だけ振り返る。やや息が乱れているところを見ると、江雪が来るよりずっと前からそうしていたのだろう。
 小夜は一度はこちらを見たものの、答える前に視線を江雪から外した。
 
 
「……鍛錬を」
「復讐のための、ですか?」
 
 
 江雪は問う。しかしそれに小夜は答えない。問うた江雪の声に責めるような色が混じってしまったからか、それともただ答える気が無かっただけか。小夜の心中は分からなかったけれど、そもそも訊くまでもなく解答は是であると分かっている。
 小夜は今でも復讐を求めているから。きっかけとなった浪人の命をその刀身で奪ってなお、かの闇に囚われ続けている。
 そんな風に自身が受けた傷をさらなる痛みで返そうとするから、この世から戦はなくならないのだ――江雪は目を伏せる。
 
「復讐に身を投じたところで、それはさらなる痛みを生むだけですよ」
 小夜は視線を外したまま、何も答えない。
 言葉を口にした江雪も、今の小夜にはきっと届かないであろうことはわかっていた。
 言っても仕方がないとわかりながら、それでも言わずにはいられなかった、ただそれだけのことだ。
 はあ、と一つ息を吐き出すと、江雪は再び足を前へと踏み出した。小夜の脇を通り過ぎ、当初の予定通り茶室を目指す。このまま無言の時を過ごしても、お互いのためにならないだろう。
 
 
「……それでも、」
 小さな声が背後から聞こえ、江雪は立ち止まる。振り返ることはせず続きを待ったが、すぐには次の声は発せられなかった。さあ――と、風が二人の間を通り過ぎていく。
「復讐することでしか、前に進めないことだってあるから」
 
 小夜がどんな表情でそれを言ったのか、振り返らなかった江雪にはわからない。表情を変えなかったのかもしれないし、痛みを耐えるような表情だったのかもしれない。少し考えてから、やはり彼の姿を確かめることはせず、江雪はただ「そうですか」と言葉を紡いだ。
 
「今からお茶を点てます。興味があれば後で来なさい」
 やはり、答えはない。
 きっと彼は来ないのだろう。そしてこのまま、ここで鍛錬を続けるのだろう。
 
 江雪はそれ以上答えを待たず、今度こそまっすぐ茶室に向かって歩き出した。
 
 
 
 
 
 
 
2016.2.15 // 争いなど、悲しみしか生まないというのに。
 
 
 

talk

 
 まだとうらぶ始めて1週間、ようやく左文字兄弟が揃ったところです。初日から小夜くんのセリフをずっと聞いていて、今日江雪さんのセリフを聞いて、この二人って…ううん…と思って思わず書いてしまいました。
 争いを厭う江雪さんと、復習を追い求める小夜くんの考え方ってすごく対極にあって、そこはどうやっても相容れないんじゃないかなぁ…と。江雪さんは、それをたしなめることは言っても、何かを強いることはないんじゃないかな、と思いました。
 左文字兄弟は、ああもううううううううとぐるんぐるんします。仲良し兄弟もだいすきだけど、仲良しじゃないのもすきです!!だいすきだばか!!
 特に小夜くんには、ちゃんと救われてほしいなあ。でも小夜くんは、幸せを目の前に差し出されてもそれを手に取れないんじゃないかって思うんだ…。