――♪♪――♪――♪
どこか遠くから、風に乗って唄が聞こえた。
流れてくるそれはとても静かで優しくて、なんだかほっとさせてくれるような綺麗な歌声だった。フォルスもどこかで聞いたことがある気がするけれど、何の歌だっただろう。故郷のファレナで聞いたのではない。たぶん、この都市同盟に来てから聴いた歌だ。
「えーと……賛美歌?」
だったような気がする。フォルスは歌の主を探して辺りを見回した。まだ早い朝の時間、同盟軍の城も人気はまばらだ。これから皆起きだしてきて、廊下にも部屋にも人の明るい声が満ちていく。
――♪――♪♪――……
音楽に引き寄せられるようにホールを抜けて外へ出た。優しい歌だけれど、どこか悲しい。ふと途切れてしまいそうな儚い歌。まるで何かに祈るかのような。賛美歌はパイプオルガンや合唱で聴くと荘厳な歌だけれど、歌声一つだとこんな風にも聞こえるのか。
「……あ」
ふと上を見上げたらテラスにいた同盟軍の軍主と目が合った。彼もこちらに気が付いて、ふっと歌が止む。もっと聞いていたかったのにと思ったが、フォルスは笑って上に手を振った。
「おはよう、サキ」
「はい、おはようございます!」
軍主はぱっと顔を輝かせたかと思うと、次の瞬間にはフォルスの横に着地していた。結構高さがあったと思うのだが、何でもないような風でサキはこちらを見上げてくる。実年齢より五つ近くは幼く見える小柄な少年がやったのだ。彼――いや彼ら天魁の星を抱いた経験のある者に常識を求めてはいけないと分かっていても、時々驚かされる。
「お早いんですね」
「サキこそ」
一度ファレナに帰ったのだが、フォルスはまた同盟軍に戻ってきた。その予定はなかったのに、緑のバンダナの少年に「ちょっと帰って来い」と呼び戻された。あまりに急だったのでいろいろ用事を置いてきてしまったのが気になる。
けれど、しばらく帰る気はない。
「サキちゃんと寝た? 最近起きるの早いよねえ」
「え、えと、毎晩ぐっすりですよ」
一瞬目が泳いだ上にほんの少しくまができていた。ふーんとフォルスが目を細めると、サキは慌てたように話題をそらす。
「フォルスさんもう朝食食べました? ぼくまだなんで、よかったら一緒に食べません?」
「うん、いいよ」
前はサキと朝食を一緒に食べることはあまりなかった。彼はいつもナナミという少女と一緒に取っていたから。……彼女は、もういないけれど。
フォルスも何度か話したことのある、明るく活発な少女。血は繋がっていなくても姉弟の絆の強さはよく分かった。ナナミは誰よりサキを心配していたし、サキはナナミの話をする時が一番楽しそうだったから。
その彼女の姿がこの城から消えたのは少し前のこと。フォルスがファレナに帰ってから少ししての、こと。
肝心なときに何もしてあげられなかったから、しばらくはこの城に留まるつもりだ。国に置いてきた用事は気になるところだが、まあ、リムスレーア達が何とかしてくれるだろうきっと。
「そういえばサキ、あの歌ってこの辺の歌なの?」
賛美歌に地域など関係ないかと言ってから思ったが、サキは一瞬困ったように笑って「よく分からないんですけど、幼馴染に教えてもらった歌なんです」と小さく教えてくれた。
サキの幼馴染といえば、確か今はハイランドの。
おっと失言だったかとフォルスは内心舌打ちをする。けれど言ってしまったものは仕方ないのだし、とりあえず適当なところで話題を流そう。
「でも、賛美歌って変な歌ですよね」
日が昇ったばかりの穏やかな空気の中、サキが不思議そうに首を傾げる。
「なんで?」
「え、だって」
本当に、心から不思議そうにこちらを振り返った。
それからとても綺麗な表情でふわりとサキは笑う。
痛みも悲しみも何もない。
純粋過ぎるほどに純粋な、笑顔。
「〝かみさま〟なんて、いないでしょう?」
祈る神などいない――否、最初から知らないかのような言い方で。
――なんで、そんな風に。
祈っても何も変わらないと、願いが叶うわけではないのだと、どこか諦めたようなその言葉に、何も言えなくなってしまった。
サキがどう生きてきたかなんてフォルスは知らない。この戦いだってそれほど見てきたわけではない。けれど、いやだからこそ綺麗過ぎる笑顔に息が詰まる。
サキはいつだって楽しそうに笑うから。幸せそうにほのぼのとした表情を浮かべるから。
手を伸ばしたくなった。
ふわふわとして、同時にどこか儚いその姿に。
「……ぼく、何か変なこと言いました?」
「や、そういうわけじゃないんだけど」
風に乗って流れてきた美しい賛美歌を思い出す。優しくて、静かで、どこか祈るような悲しい旋律。
「じゃあどうして賛美歌なんて歌ってたの?」
フォルスが聞くとサキは、
「――内緒、です」
少し困ったように微笑んだ。
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坊+2主+4主+王子、2軸でナナミがいなくなったあとのお話。(A5/52P/オフ/07.1.14)
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