【サンプル】虹色の花

 
「うちの軍主来てない?」
 
早朝―とはいえ日ももうとっくに昇ったような時間に、マクドール邸を訪れたのは風使いの少年だった。少年とも少女ともつかない整った涼しい顔に、いかにも無理矢理遣いに出されましたという仏頂面を浮かべて、突然戸口に表れたのである。
 
足音も気配も、戸を叩かれるその直前までは全くしなかった。テレポートと呼ばれるこの魔法を使うことのできる人間はそう多くはない。それを自在に使いこなしているというだけで、この少年がいかに優秀な魔術師であるかが知れるが、それゆえに急ぎの遣いにはよく駆り出されるのだろう。気の毒にと多少は思うが、だからといって代わることなどできはしない。
 
 
「いらっしゃい」
 
いつも通りの朝寝坊で起きたばかりだったこの家の当主の代わりに、玄関で応対したのはカインだった。
 
もともと群島からの旅人で、少しやっかいになっているだけの自分にそんな権限はないはずなのだが、この家の主人に「着替えだけするからよろしく、適当に相手しといて」と軽く言われたのだから仕方がない。グレミオを始め他の住人達も特に気にする様子もないので、この家はそれでいいらしい。
 
 
「サキなら来てないけど」
 
カインがそう答えると、ルックはやっぱりというように苛立った息を吐き出した。「何が見て来いだあのクソ軍師」と不機嫌さを隠しもせずに舌打ちする。どうやら相当嫌なタイミングで遣いに出されたらしい。
 
 
「いないならいいよ、邪魔したね」
「待って、サキがどうかしたのかい?」
 
用は済んだとばかりに杖を構えたルックの腕を、カインは慌てて捕まえる。サキは同盟軍の主だ。その彼が誰にも、軍師にすら何も告げずに出かけたなんて、事によっては問題ではないだろうか。
 
「知らないならいい。触らないでくれない?」
 
じろりとこちらを睨みつけ、ルックはカインの手を乱暴に振り払う。ごめんと謝りながら、それでももう一度何があったのかと質問を重ねた。
 
 
「朝からいない。以上」
 
回答はいたってシンプル。しかし簡潔すぎて全く状況が把握できない。
 
 
「今日だけ? それとも何度も?」
 
同盟軍の城は広すぎるくらいに広く、人を探していてもすれ違いでなかなか会うことができない。間が悪いと何時間も探し回るはめになるから、会えないだけなのか出かけているのかを判別するのは難しい。
 
にも関わらず彼はグレッグミンスターまでわざわざ探しに来た。ということは、サキが居なくなるのはこれが初めてではないのかもしれない。
 
 
ルックは憮然とした表情のまま答えた。
 
「……ここ十日くらいほぼ毎日」
 
なるほどそれは大問題だ。
 
 
サキは何かにつけよくグレッグミンスターを訪れ、自分たちを誘う。しかしここのところ彼は自分達を誘いには来ていなかった。てっきり行軍にでも行ったのかと思っていたのだが、何かあったのだろうか?
 
知ってしまった以上このまま黙って待っているつもりはなかった。ひとまず今日の予定は決まったなと思いながら、カインは小さく息を吐く。
 
 
「悪いんだけど、城に帰るなら僕らも連れて行ってくれないかな――リュウもそれでいいよね?」
 
言葉の最後で、カインは人の気配のした階段上を振り返る。
 
「ああ、俺も行く」
 
そこには赤い服とバンダナを身につけた少年が、悠然と長い棍を携えて立っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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坊+2主+4主でがっつりシリアス。きつめの話ですのでシリアス苦手な方はお気をつけて。(A5/72P/オフ/08.8.16)
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