カナリア*

今この瞬間だけは

「デコ、血が! 痛い!」
「今治療しますから、そこ座ってください」
 
血だらけになって戦闘を終えてきたアクロの向かいに駆け寄って、デコは薬箱を開ける。家を出る時にたくさん持ってきたはずの傷薬や包帯は、既に半分近くが無くなっていた。それは度重なる戦闘でほとんどアクロの治療に使ったものだ。
脱脂綿に傷薬を落とし、それをピンセットでつまみ上げる。まず傷口を消毒しようとしたら、アクロの手がそれを妨げた。毎回毎回この人は……とため息をつきたくなる気持ちを抑え、デコは目の前の少年を見上げる。
 
「アクロさん……手をどけてください」
「嫌だよ、しみるじゃんか!」
「聞き分けのないこと言わないでください! このままずっと血が出てもいいんですか?」
「う……っ」
 
ほとんど決まりのようになった問答をしてようやく、アクロはしぶしぶといった様子で手をどけてくれた。そしてこちらからは顔を背け、目を強く閉じる。注射をされる直前の子供みたいだ、とデコは思った。
戦っている最中は、どんな怪我をしようが血が流れようが凛と立っていられるくせに、終わった瞬間「痛い」だの「血が」だのと騒ぎ出す。それは旅を始めてからずっと変わらない。普段はいつだって強い人に見えるけれど、傷の治療中だけは全く逆に見えるから不思議だ。
 
眉間に皺を寄せ固く目を閉じる少年の横顔を見ていると、(そんなに目を閉じて、僕が何かしたらどうするつもりなんだろう)という考えが頭をよぎる。あれだけ必死で何も見ないようにしていたら、自分の唇がその顔に触れるくらい簡単ではないか、と。
もちろん想像しただけだ。出来るわけない、そんなこと。
デコは出来るだけ手早く治療を済ませると、「はい、終わりましたよ」と薬箱を閉じた。アクロがほっとしたような顔で包帯の巻かれた体を見下ろす。その表情に、とくんと胸が鳴った。
 
 
「おお、いつもありがとな」
「あまり怪我しないでくださいね……」
 
 
終わった途端、水を得た魚のように再び動き回り始めたアクロの背中を見ながら、本当に一ヵ所にじっとしていられない人だなあと苦笑する。ゆっくり一緒に、なんてなかなか叶わない。
 
 
(けど、)
と心の中で呟きながら、小さな薬箱を強く抱く。
 
 
 
こっちを向いてなんて、言えなくても。
傷の治療をしている間だけは、いつでも彼を独り占め。
 
 
 
 
 
 
 
2009.12.25 // 治療だけは、自分の仕事。

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