「スバル」
ソファーに腰掛けて本を読む少年の後ろから、彼の名を呼んでみる。聞こえてないのか聞く気がないのか、少年はぴくりとも反応しない。仕方ないので近付いて、彼の座るソファーの背に手をかけた。
「スバルってば」
やはり反応なし。ここまで近付いて駄目ということは、“聞こえているけど話しかけるな”という意味なのだろう。……そう言われたところで、好きにしかしないけれども。
体を前に倒して、彼の首に腕を回す。筋肉があまりないせいか首も肩も自分より華奢で、でもあったかい。頭をコツンと合わせたら、幸せが心に満ちた。
「……離せバカ面」
本に視線を落としたまま、スバルがようやく声を上げてくれた。眉間に寄った皺が見えたけれど、頬がわずかに染まっているのにも同時に気付いて、つい回した腕に力がこもる。
「スバル、オレの名前は？」
「はあ？」
「名前。呼んでくれたら離してやってもいい」
彼はなかなか名前を呼んでくれないし、たまにこうして要求すると面倒くさそうな顔をする。けれども求めるのを止められない。
だって、
「……、アクロ」
ため息混じりでも、棘のある口調でも、名を呼ばれたらそれだけで顔がゆるむ。
「へへ」
喜びで力が抜けて、彼の頭に自分のそれを押し付けた。シャンプーの香りが鼻をくすぐって、自分とは真逆の柔らかな髪が肌を撫でる。気持ちいいなと、こうするたびに思う。
「っ、呼んだら離すんじゃなかったのか！」
乱暴に振り払われ、残念な気持ちになりながら体を起こした。そのままスバルがこちらを向いたので、ここぞとばかりにとっておきの“変顔”をしてみた。
スバルの動きが固まったようにぴたりと止まる。あきれたような色が瞳に宿った。
「……何をしてるんだ」
「ちっ駄目か」
デコは笑ってくれたんだけどなと口を尖らせながら、アクロはそれを止めて力を抜いた。それから「もう一回」と笑って言ってみる。
「断る」
「いいじゃんか、もう一回だけ！ な！」
綺麗なその声で、名前を呼んで。
――それから、笑って。
2009.12.26 // それだけで世界は虹色に変わる。