カナリア*

授業中のメモ回し

(※学パロです、パラレル苦手な方はご注意ください)
 
 
 
 
 
 
 
 
スバルにとって学校での授業とは、知識の補足をする場でしかない。
 
小さい頃から家に大量にあった本を興味の向くまま読みあさってきたため、中学高校で習うような内容は数学から歴史まで科目問わずほとんど頭に入っている。教壇に立ったバクが話し始めた中国の歴代王朝も、最古と呼ばれる夏から現在の中華人民共和国までその変遷を順に述べることもできるし、何なら各王朝が栄えた時代にヨーロッパやアジアがどのような状況にあったかまでそらんじることも可能だ。位置的に離れているとはいえ貿易や宗教などによってある程度は交わりをもって移ろってきたのだから、知っているいくつかの事件から逆算すればそれくらい簡単に判る。
 
学校での社会の授業なんて歴史の表面しかなぞらない。歴史上の英雄も賢帝も教科書の上では全て等しく“記号”でしかなく、心に訴えかけてくるものは一つもなかった。数多くの豪傑たちがぶつかり合ったドラマティックな三国時代も数行で済まされ、時代の結論だけを切り取った無味乾燥な文章が並んでいるだけだ。世界を揺るがした大事件も、「大事件であった」と書かれるだけでその理由も一部が載っているだけ。数多の思惑が混じり合い、牽制しあってきた中で勃発した騒動であるからこその“大事件”であったはずなのに――。
数百ページもある本ですら一つの時代を語り切るには足りないというのに、こんな薄い教科書一冊で一体歴史の何が解るというのか、スバルにははなはだ疑問である。
 
歴史に限らず、他の科目でもスバルの授業への印象は大体は変わらない。それでも真面目に授業に出、それなりに教師の言葉に耳を傾けているのは、ただ知識の補足をするためだ。本だけで得た知識はどうしても偏る。「知識の穴を受験に必要な部分だけ埋める」、スバルにとって授業とはその程度の意義しかなかった。別に教科書や参考書を読みこめばその穴埋めは一人でも可能だが、授業に出るというのは一応学生の義務であるらしいから、やるべきことを二つまとめているだけにすぎない。
本当は退屈な授業より、読みかけの本の続きを読みたい。無慈悲なほどゆっくりとしか進まない時計をちらりと見て、スバルはこっそりため息をついた。
 
 
――と。
 
スバルの机の上で、折りたたまれた小さなメモが跳ねた。消しゴムサイズの四つ折りのメモは、スバルのものでは決してない。顔を上げると隣に座っていたアクロと目が合って、彼は教師の視線を気にしながら指でメモを示してくる。授業中のメモ回しなんて女子のすることだろうと呆れながらそれを開くと、歪んだ筆跡で『さっきの続き、聞かせろよ!』という文字が書かれていた。
さっきの続き――? もしかして先の休み時間の話のことだろうかと予想はついたが、内容を思い出すのも面倒だったので、スバルは小さなメモを渡された時と同じように折りたたむと机の隅に移動させ、黒板の文字列をノートに書き写す作業に戻る。アクロが眉を吊り上げたのを視界の端でとらえたが、どうでもよかったので反応は返さなかった。
 
開いたノートの上に、ぽん、とさらにメモが飛んでくる。面倒くさいなとスバルはため息をつき、今度は開きもせずに机の端に寄せた。すると今度は2つのメモが続けざまにノート取りの邪魔をする。しかもメモの表側に「無視すんな」と文字がでかでかと書かれ、開かずとも否応なく言葉が目に飛び込んでくる。
それでもなお無視を続けていたら、頭にメモをぶつけられた。床に落ちた紙くずに視線を向けたら「このスイカ頭!」という罵倒。眉をひそめたスバルに向けて紙くずの弾がいくつも隣から発射され、顔や体に当たっては床に落ちる。
 
(このバカ面が……!)
 
隣を強く睨みつけたら、アクロはべえと舌を出してきた。落ちた紙くずの一つを拾い上げて『やかましい邪魔をするな!』と書き添え、苛立ちを乗せて彼に投げつける。小さな紙の弾はアクロの頬に命中し、再び床を転がった。始まる教師の目を盗んでのくず紙の飛ばし合い。いくつかは的を外し近くの席に座る誰かに当たった気がしたが、全く気にはならなかった。
「なんだよ」と、小声でアクロが言う。「お前こそ何だ」とスバルも小声で返す。
視線が物理的な力を持つなら相手の顔に穴を空けられるのではないかと思うほど強く睨み合い、そのまま数秒の時間が過ぎた。「ちょ、ちょっと二人とも……」と斜め後ろからネネの声が聞こえてきてようやく、スバルははっと我に返る。
 
冷静になってみて初めて、スバルとアクロの席の間に影が落ちていることに――いや、すぐ前に立っている大きな人影に気付いた。しまったと思っても、後の祭り。
 
 
「ワシの授業中に、ずいぶん楽しそうだな……?」
 
 
頭上から降って来る低い声。
いつのまにか授業は止まっていて、バクが冷やかな目をしながらスバルとアクロを見下ろしている。
教室はしんと静まり返り、寝ている者以外のほとんどの視線がこちらに集まっていた。足元にはいくつもの紙くずが転がっていて、かなりのメモを投げつけ合っていたことを知る。熱中しすぎて周りが見えなくなってしまっていたらしい。
 
「アクロ=ハンバッカ、スバル=シェル、今すぐそのゴミを拾え。それから放課後に資料室の整理を言い渡す」
異議を唱えることを許さない、怒りを抑え込んだ声。冷や汗が全身から浮き出てきて、
 
「……はい」
「……はい」
 
スバルもアクロも、ただ頷くしかなかった。
前の教壇へと戻っていく教師の背中に視線をやりながら、しぶしぶ落としたくず紙を拾い集める。遠くまで飛んで行ったいくつかは、クラスメイトが苦笑しながら差し出してくれた。
まったく、アクロのせいでとんでもない目に合った。自分もメモを投げたことは棚に上げ、全てアクロのせいにすることにしてスバルはアクロを再び睨む。相手からも同じような視線が返ってきて、思わず集めたばかりの紙をまた投げつけそうになったが、教壇からバクの無言の威圧が飛んできて、手を握り締めながら必死でこらえた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2010.2.6 // まったく、奴の隣なんて冗談じゃない。

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