カナリア*

崩壊ラプソディ

(※Webの76話ネタバレです。クラウンの狂気の話なので負の話が苦手な人はバックターン推奨)
(連載中に書いたこともあり、ちょっと後の話と矛盾したかもしれませんすみません)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ねえヴルー、ヴルーはオレに同情する?」
 
 
全てを話し終えた後、クラウンはそう言ってこちらを返り見た。
彼が持っていた幸せを全て失った日のこと。事の始まり。憎悪の原点。それはきっと不幸な事故だったのだろうけれど、まだ3つの子供が受け入れるには残酷すぎる現実だった。惨劇のその時に、彼の中できっと何かが壊れたのだろう。ひび割れて壊れてしまった。崩れてしまった。大切な何かが、音もなく。誰に救われることもなく。
それを哀れと言うなら哀れだろう、けれど。
 
「……いいや」
 
こちらをじっと見つめてくるクラウンの目を見返して、ヴルーは静かに首を振った。おやとクラウンは眉をぴくりと動かし、首を傾げる。憐憫の情は確かに覚えていたけれど、あえて否定の言葉をヴルーは続ける、「それを君は望まないだろう」と。
クラウンは表情に何の感情も映すことなくこちらを見つめる。その口元が大きくつり上がるまでにさほどの時間はかからない。
 
 
「――ふふ、ははは、はははははは!! アキャキャキャキャキャキャ!!!!」
 
 
彼は笑った――いや、嗤≪わら≫った。
しんと凪いでいた空気がその声と同時に破裂したようにも思えた。
彼は嗤う。可笑しくて仕方がないとでも言うように、叫びだしたくて仕方がないとでも言うように。天に向けて己の全てを吐き出すように吠え、己の両目を片手で覆う。腹を抱え体をくの字に曲げて、ピンの折れたオルゴールのように何かが欠けた笑い声を上げ続ける。ケラケラケラケラケラ……笑い続けるその様はまるで壊れたカラクリ人形のようだ。見るに堪えないその姿にヴルーは目を細めたが、視線をそらすこともできずただ立ち尽くした。
在るはずのない音が聞こえるような気がする。みしみし、がらがら、何かが崩壊していくような、狂詩曲が。
ひとしきり衝動を吐き出したらしいクラウンが、ゆっくりとした動作でこちらに視線を向けた。顔に当てられた指の隙間から、狂気と闇だけに満ちた目がこちらを捕える。息をつめたくなるような暗さがそこには広がっていた。眼が在るとは思えないほどの空洞。全てを飲み込むブラックホール。あれは本当に、同じ人間の眼だろうか。
 
 
「最高だ、最高だよヴルー! ああそうだね、そうだ! オレはそんなもの求めてなんかいない。父さんを失ったあの時、オレはきっと悲しかったんだろうけれど、そんな感情はもう覚えてなんかいないんだ。復讐だってした。そしてただ憎悪と嫌悪と敵意と殺意と害意だけが残った。ねえヴルー、オレはねえ、憎くて憎くて憎くて壊したくて殺したくて崩したくて砕きたくて苦しめたくて首絞めたくて葬りたくて滅ぼしたくてたまらないんだ。この世界全てが大嫌いさ。そう言ってくれてとても嬉しいよ! 同情なんてされたら、ヴルーを殺してたかもしれない」
 
そう言ってクラウンは再び笑い声を上げ始める。その姿を瞳に映しながら、ヴルーは小さく息を吐いた。
もしかしたら青天の都が滅んだその瞬間に、彼の心は完全に壊れてしまったのかもしれない。復讐は何も生まないし何も残さない。憎い対象を滅したところで変わらない現状と、生きる目的を見失った喪失感が、彼を完全に狂気の世界に突き落としたのかもしれない。
何を見ても何も感じないと、いくつかのアートを見せたヴルーにクラウンは言った。何の感情も瞳に映さず、ただ、「壊していい?」と彼は首を傾げた。彼と行動を共にし始めてからもう何年も経つけれど、彼は何も変わっていない。
彼はまだ若い、時間が少しでも傷を癒してくれればいいと願うけれど、身体の成長が心にもいい影響をもたらしてくれればと思うけれど、ただ意味もなく時が過ぎてしまった。
自分には彼を救う事など出来ないのだろうか――救いたいなんて大人のエゴかもしれないが、それでもどうかとヴルーは願う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2010.2.11 // ああ彼の心に明かりを灯すには、一体どうすればいいのだろう。

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