カナリア*

【サンプル】日向道

遠い記憶に思いを馳せていたカインは、静かに瞼を開けた。
あれはもうずっと昔のことだが、まだはっきりと覚えている。
あの時の賭けが始まりになって、テッドとは何度も旅先で同じ賭けをしたのだっけ。最後の賭けは決着のつかないまま終わってしまったけれど―できれば最後にもう一度、会いたかった。

カインは気配を殺したまま、そっと草木の陰から先客の様子を覘く。

夕暮れの光に照らされて赤みを帯びた草木を風が揺らし、心地よい音を鳴らしていた。長い影を地面に作っているのは一つの十字架だ。
その前に佇む少年はこちらを振り向かない。彼は赤い服と緑色のバンダナを身につけ、長い棍を手に携えている。
カインも彼のことは知っていた。話には聞いていたし実際遠くから見たこともある。それに今日は、ここまでの道を知りたくて後をつけさせてもらったのだ。

「で、――そこにいんの、誰?」

不意に、こちらを見ないまま少年が言う。その凛とした声ははっきりとカインのところまで届いた。

「いい加減出て来い。ついてくるならくるで、堂々と来な」

気配は消していたつもりだったが、しっかり気付かれていたらしい。忍と呼ばれたミズキたちほどではないにしろ、それなりには気配を隠せる自信はあったのだが、さすがはトランの英雄と呼ばれるだけのことはある。
カインは息をついて肩をすくめると木の陰から前に出た。少年は振り返ってこちらを見、睨むように目を細めて少し硬い声で言う。

「何か用か? 俺、今あんまり人と話したい気分じゃないんだけど」

静かな空気は凛と澄み、世界を包み込むように広がっていた。彼の紅い瞳には夕日の影が映り、何かの宝石のように美しい色彩を放っている。
視線一つでその場の空気を支配できる、他人の干渉を許さない雰囲気がそこにはあった。

「不快にさせたのならすまなかった。僕はこの場所が知りたかっただけなんだ」
「ここを? なんでだよ」
「なぜって、仲間の墓参りはしちゃいけないのか?」

少年はきょとんと目を丸くしてこちらを見て、ちらりと墓標に視線を移した。

「テッドの、仲間?」
「ああ」

少年のことは人づてに聞いた。リュウ=マクドールといえば、トランで知らない人間は一人もいないだろう。いや、人間に限らずエルフやコボルトまで誰もが解放軍のリーダーとして、戦いを勝利に導いた者として彼を知っている。
けれど、カインが少年の事を聞いたのは解放軍の話の中ではない。

――親友ができたんだ。

そう言って、昔からは考えられないような笑顔で話してくれたのはテッドだった。三百年という長い時間の中で初めて出会えた、親友と呼べるほどの相手。少し話を聞くだけで、テッドにとってどれだけ大きな存在かはよく分かった。どちらもが少し羨ましいくらいに。
リュウ本人と直接会うのはこれが初めてだが、テッドから話は聞いて知っている。けれど、向こうは自分を知らないはずだ。

「そっか、お前がカインか」
「……え?」

――と思っていたのだけれど、少年はあっさりとカインの名を口にした。

「テッドが昔仲間がいたって話をしてくれたからさ。あの時はいくつの時の話をしてるんだと思ったけど、テッドは三百年も生きてたんだもんな」

彼はうんうんと一人頷いて、それから今思い出したように言う。その動作は見た目相応の少年のもので、先ほどのような少し近寄りがたい空気はどこにもない。むしろ人懐っこそうな表情を浮かべてこちらを見た。

「っていうか、三百年生きてたのになんであいつあんな成長してないんだ? そりゃ時々、じじくさいなコイツって思うことはなかったわけじゃないけど、近所の子供と同レベルだったぞ」
「……そう?」

カインは子供、と言われて首を捻る。共に過ごした頃のテッドはどちらかというと荒んでいて、子供らしい面などほとんど見たことがない。時々見た目相応の子供っぽさを感じることはあったが、あくまで時々だ。

――ああ、そうか。

変わったのだろう、少年と会って。本来の自分を外に出せるほどに。元々内に子供っぽさを閉じ込めていた分、それが一気に外に出たのだろう。長き時を経て、ようやく自然に笑えるようになったのだ。
リュウはこちらを緋色の瞳に移しながら、その口元に微笑を浮かべた。

「そーだって。……まあ、それはいいや。墓参りに来たんだったらこっち来いよ」

about

坊+2主+4主の出会いを含む、共演再録集。(新書/252P/オフ/07.9.24)
初の新書サイズ、フルカラーカバー、カバー下の書き下ろし、などなど作っていてとても楽しかった本です。
DLsite.com様にて電子版販売中

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