カインが同盟群の城を訪ねてきたのは、ある日の昼間のことだった。
「そちらからいらっしゃるなんて珍しいですね」
会議室でシュウといくつかのことを相談していたサキは、少年の訪問を知ってすぐ下へと降りた。中央ホールに出てすぐ目に入ったのは、この辺りでは見ない白茶色の髪。とても鮮やかな青い瞳や静かで不思議な存在感も相まって、彼はなんとなくここでは目立つ。
「うん、そうだね」
あまり抑揚のない声で、カインはそう答えてくる。
群島からの旅人と、トランの英雄。基本的に彼らと行動を共にするとき、グレッグミンスターまで二人を呼びに行くのはいつもサキだ。二人には先日も洞窟のアイテム回収に付き合ってもらったばかりで、それからまだ五日ほどしか経っていない。
「この間帰られてからすぐこっちにいらっしゃったんですか?」
「そう」
特に急ぎの用事なんて思いつかないのに、どうしたのだろう。彼らの暮らすトランからここまではテレポートを使わない限り何日もかかる。別れた日から計算すると、彼はこの城までほとんどUターンして来たことになる。
……あれ。
〝彼〟?
ふと不思議に思って、サキは周りをきょろきょろと見回した。目に入ってくるのはいつもそのあたりにいる仲間たちばかりで、カインがいるなら〝当然一緒にいるはずの〟人物が見つからない。真っ赤な服も、緑色のバンダナも、そこには存在していなかった。
カインはリュウの家に滞在していて、二人はだいたい一緒に行動している。少なくとも同盟軍の城を訪れるとき、片方だけで来るということはまずない――
はず、なのだけれど。
「リュウさんはどうされました?」
同盟軍に知り合いも多い彼のことだ、サキが降りてくるまでにどこかに行ってしまったのかもしれないとは思うけれど、よく分からない勘のようなものが違うのではないかと告げている。
「……サキにお願いがあるんだけど、いいかな」
カインは問いには答えずに、わずかに困ったような表情を見せた。
「はい?」
「しばらくここに泊めてくれない?」
よく見ればカインは小さな鞄を肩からさげている。泊まりにしてはずいぶん荷物が少ないように思うけれど、彼ならそんなものなのかもしれない。
「それは全然構いませんけど……急にどうされました」
サキの問いに、カインは珍しくこちらから視線を外した。
「ちょっとリュウと喧嘩してね」
「ああ、それは大変ですね。どうぞゆっくりしていってください」
「ありがとう、助かるよ」
だからリュウが隣にいないのか、とサキは苦笑しながら納得する。あのひと怒りっぽいからなあ、と。
特にカインや古い仲間には遠慮がないところがあるから、そういうこともあるだろう。まあ怒りっぽい分冷めるのも早いので、一日二日もすれば丸く収まるはずだ。滞在していた家を追い出されるなんてカインも気の毒に。
……、ん?
あれ?
カインは〝追い出された〟でも〝怒られた〟でもなく、〝喧嘩した〟と言わなかったろうか?
ようやくその点に気がついて、サキは曖昧な笑みを広げ視線を横にずらした。
「けんかを……されたんですか?」
「……、うん、まあ、たぶん」
若干自信なさげではあるが、肯定されてしまったことに、頭が混乱を始める。いやでも、ほら、喧嘩という言葉の意味も結構広いわけだし、何よりリュウとルックとかリュウとシーナとかならともかく、この二人が喧嘩をするなんてことがありえるだろうか? ないない絶対にない!――はずだ。
「それはそのう、つまりカインさんも怒っていらっしゃる、と……?」
そんなはずがないと頭が全力で否定している。けれどサキを不安にさせるには十分な間が空いた。ちらりとカインを見上げると、彼は静かに目を伏せる。
「……少し」
「ええええええええええ――っ!?」
思わずあげてしまった大声がホールに何度も反響するのも、周りが一斉にこちらを向いたのも、意識の端では捕らえたけれども全く気にならなかった。というより、考えることができないくらい、頭が真っ白になった。
「あ、う、え、だから、えと」
口がぱくつくだけで言葉が全く出てこない。ちょっと待って落ち着こう。何がどうなったらそうなる――?
リュウと誰かが喧嘩をするなら分かる。カインに対してリュウが一方的に怒るのもまだ分かる。というより、よく見かける光景だ。
けれど、今目の前にいるのは、怒っていると言ったのは、カインなのだ。それがどうしても信じられない。
だって彼は感情を高ぶらせるということを滅多にしない人だ。より正確に言うなら、サキは一度も見たことがない。常に静かで、何を言われようと何をされようと、全て受け入れるか流すかしてしまえる人だ。
それが。
怒ってるって。
しかも家まで出てきたって。
――なんでっ!?
About
4と坊が喧嘩?して2主がおろおろする話。(A5/48P/オフ/09.8.15)
こんなテンションで最後まで突っ走ります。
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