「お久しぶりです、テッドさん。今度はどちらにいらしたんですか?」
「俺は西の海を見て、それからデュナン地方を回ってた。カイン、お前は?」
「僕はファレナと群島に」
「またか? お前、何だかんだといっつもその辺にいるよな」
「そう……言われればそうですね。群島の海は僕の故郷ですから。離れてると久しぶりに見に行きたくなるんです」
「故郷ね……そんなに何度も行きたいもんか、もう誰もいないってのに」
「思い出はまだこの胸にありますから。誰もいないからこそ見に行きたいのかもしれません」
「ふうん……」
「…………、さくら」
「ん?」
「夜桜、見に行きませんか。昼間も綺麗でしたよ」
「……あァ、たまには夜桜見物もいいかもな」
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「桜といえば夜の花見と宴会だろ!」と言いだしたのはもちろんリュウだった。
必要な物も食事も酒もマクドール家でもつからやろう、とリュウは同盟軍軍主にもちかけた。サキにまず言ったのは、同盟軍の人間を丸っと巻き込むためである。宴会は大人数でやるものだ。みんなで楽しむための金なら決して惜しくはない。
それに冬が過ぎて桜に蕾がつき始めた頃からこっそり魔物退治などでヘソクリを貯めてきた。無論この宴会のためだけに。マクドール家でとは言ったが、本当は全額リュウの懐から出すつもりだ。
「楽しそうですね! でも、いいんですか? シュウに言ってこちらからも出しますけど……」
サキは少し困ったように首を傾げたが、
「いいって、今はいくら金があっても足りないくらいだろ?」
そう言ってリュウはにっこりと笑ってみせた。〝全部俺の金でやった方が好きなことできるしな!〟という本心は間違っても口にはしない。自分の金で飲むのだ、参加者にはどんな文句も言わせない。一気飲みの強要くらいは序の口だ。
「リュウさん……! ありがとうございます!」
サキは目をわずかに潤ませながら胸の前で手を組んで感激のポーズをとった。これがリュウの真意を知った上でノリに乗ってくれているのか、それとも完全に素なのか全く読めないのがサキの恐ろしいところだ。まあ資金リュウ持ちで宴会をやらせてくれることに変わりはないので、リュウとしてはどちらでも構わないのだが。
「とりあえずここの人数教えてもらえるか?」
「えーと正確な人数はシュウに聞かないと……ってどこまでの人数ですか?」
「将から一般兵に非戦闘要員まで全部だ!」
「本当に全員!? え、結構いますけど大丈夫ですか?」
「俺がいいと言ったらいい!」
「わぁさすが!」
せっかく桜が咲くのだ、一部だけのけ者なんてつまらない。酒も料理も全部用意してやる。全員好きなだけ飲んで、酔って、騒げ。それが正しい春の迎え方ってもんだろう。
「あとは日程ですね。いつにする予定ですか?」
「そうだなぁ、満開まではあと二、三日ってとこか。二日後でどうだ?」
「行軍に発つのは四日後なんで、こちらは大丈夫ですよ」
にこにこと楽しげにサキは言う。間に一日しかないのだが、二日酔いも何もかも一日で治せということか。しかも軍を動かす直前なら準備も相当忙しいだろうに、彼も結構無茶を言う。
ここのところ金稼ぎと下準備で来られなかったのだが、そういう計画が進んでいたらしい。間が悪かったかなとリュウは苦笑した。
「いいのか? 今やること多いんじゃねぇの?」
「構いませんよ」
サキは笑顔のままで、その栗茶色の瞳をこちらに真っすぐ向けた。双眸に宿るのは可愛らしい外見に似合わない強い色だ。
「リュウさんがそこまで言ってくださってるんですから、こちらの調整はぼくの役目でしょう? 大丈夫、準備くらいなんとかしますよ。リュウさんこそ、二日でお酒や食事の手配しきれます?」
「へぇ―言うじゃん?」
リュウはにやりと口元をつり上げ、少し挑戦的な瞳を返した。ふんとふんぞり返りながら腕を組む。
「誰に言ってる、この俺がやるっつってんだ。何なら今日中にでもそろえてみせるぞ?」
酒と料理の注文ならもうある程度終えてある。大体の日付と人数は伝えてあるし、サキから軍の人数を聞いて細かい修正をすればいいだけだ。今日中にというのも完全なハッタリというわけではない。金ならある。いざとなればテレポートを頼めばどうにでもなるだけのアテがあった。
「なら、二日後で決定ですね」
サキはにっこり笑って頷いた。
「よし、残る問題はアレだな」
「シュウですよね。ぼくもシュウにオッケー貰えないと動きづらいですし……」
ふと、今まで微動だにしなかった部屋の戸が静かに開く。わずかな音と外から流れ込んでくるまだ少し冷たさの残る風に、二人は入り口を振り返った。
そこに立っていたのは群島生まれの青い瞳の少年だ。
「また二人で悪巧みかい?」
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坊+2主+4主で短編2本。ほのぼのとシリアスの中間くらい?(A5/36P/オフ/08.3.2)
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