カナリア*

手を繋ぐ(課題)

 
――は、はぐれそう。
 
 
赤い背中を必死で追いかけながらサキは思った。さすが大国の首都と言うだけあって、グレッグミンスターの市場は人通りが多い。折角だから一度見て回ってみたいとリュウに案内を頼んだはいいものの、出かける前にシュウとの用事を済ませてきたら一番混んでいる時間に当たってしまった。
 
市場にはサキの知らないものがたくさん並んでいて、つい足を止めて眺めている間にリュウが行ってしまう。もちろん彼の方も気付けば待っていてくれたり戻ってきてくれたりするのだが、この調子ではいつかはぐれる。そしてまだこの辺りに慣れていないサキには、一人ではきっと帰り着けない。
 
どうしよう、とサキはちらりとリュウの手に視線を落とした。彼の歩行に合わせて揺れる茶色い手袋。あれを掴んでいれば、きっとはぐれることなんてない。
 
もし一緒にいるのがナナミやジョウイだったなら、サキは迷わず掴めたろう。けれどはぐれそうだから手を繋いでくださいだなんて、小さな子供みたいだと思われないだろうか。今でも十分年下として扱われているし、頭を撫でてもらえるのはそれはそれで嬉しいのだけれど、ちゃんと認めてほしいという気持ちもある。いつかは憧れに、並び立ちたい。
 
 
(でも、やっぱり迷子になるのが一番迷惑……かな)
 
 
そう思い直し、サキはリュウの手袋に手を伸ばす。揺れるそれが近づいたタイミングを見計らって、つん、と軽くつついてみた。けれどどちらも手袋越し。ちらりと見上げてみたが、彼が気付いた様子はない。意を決して、サキは再び指先でとんとんと彼の手を叩く。
 
「……何?」
 
リュウがやっと気付いて立ち止まった。一瞬人の流れが淀んで、それからまた自分達を避けるように流れていく。
 
 
「あ、そのう、手を……」
「手ぇ? ――ああ」
 
 
リュウは一つ頷くと、サキの右手の手首を掴んで引いた。そしてするりとサキの手袋を外し、こちらにそれを投げてよこす。その意図を掴みかね、サキはきょとんと目をしばたいた。
 
 
「えっと……?」
「ん? 繋ぐんならこっちの方がいいだろ?」
 
 
そう言って彼は自分の左手の手袋も外すと、「ほれ」と軽く開いた手の平を差し出してきた。サキは少しだけ面食らって、でも嬉しかったから、大気にさらされた己の右手をそっと重ねた。彼の手はマメだらけで固く、ナナミやジョウイのそれとは全然違って、なんだか面白い。
 
 
「へへへ」
 
繋いだ手が温かい。少し力を込めてみたら握り返してくれたから、サキはまたぎゅうと強く握った。ちょっとだけドキドキして、楽しくて、サキはへにゃりと弛んだ笑顔を浮かべながら繋いだ手を何度も振ってしまう。
 
 
「はは、締まりねえ顔」
 
そう言ってリュウが笑った。
けれど彼だって十分力の抜けた顔をしていた。
 
 
「だってこういうの、なんかお兄ちゃんが出来たみたいだなあって、……あ、いやその!」
「あっはっは!」
 
言葉の途中で勝手なことを言っている自分に気付いたけれど、リュウは快活に笑い飛ばしてくれた。しかしまた子供だと思われたに違いない。だって彼は、
 
 
「よし、じゃあ兄ちゃんが何かおごってやろう!」
 
 
とサキの言葉に乗ったのだ。面白そうだと言うように、にいと笑って。気を使って合わせてくれたのかなあとも思ったけれど、サキはそのまま甘えてしまうことにした。
 
だってなんだか、この手を繋いでいる間だけは、彼の弟でいられるような気がしたから。離さなければいけないギリギリの時までは、このまま握り締めていたい。
 
 
「じゃあ、ぼくアイスクリームが食べたいです」
「おういいぞ、ついて来い」
「やったあ!」
 
 
自分よりも大きな手に引かれながら市場を歩く。決してはぐれることのないということと、何より伝わってくる温もりから生まれる安心感。どれだけ人が多くても、どちらかが急に止まったり歩きだしたりしても、手を離しさえしなければ、大丈夫。
 
 
触れていることを確かめるように、サキはもう一度リュウの手を強く握った。
 
 
 
 
 
 
 
 
*
 
 
 
 
 
 
 
 
 
余談(+4主)
 
リュウの家に戻る途中でカインに会った。彼も買い物の帰りらしく袋を一つ下げている。誰かが誘うでもなく並んで歩き始めたが、カインがふと二人の間に視線を向けた。
 
「……なんで繋いでるの?」
「いいだろ、お前も混じるか?」
 
リュウが笑顔で答えて、カインは考えるように少し沈黙する。やっぱり変かなあと繋いだ手に視線を落としていたら、カインは不意にサキの空いている方の手を掴んだ。
 
「じゃあ、僕はこっち」
 
そう言って彼はふわりと笑う。右にも左にも、頼りになるお兄ちゃん。そんなことを想像したら、勝手に顔が弛んでしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
*
 
 
 
 
 
 
 
 
 
言い訳という名の独り言
 
字書き茶をしたときに課題が出ました。
 
課題内容:
「手を繋ぐ」という動作を描写してください。
指先で触れる、確かめる、指を絡めてほんの少し握る、相手が握り返したらぎゅっと握る、この流れを美しく繋いでください。エロスを感じさせる描写になるとなおよし!です。
 
えーと、健全書きにはむりっす…と思ったところだけ消しましたごめんなさい…
 
手を繋ぐという行為の描写ではなく、シチュの描写になってしまったので、課題の解答としては没にしました。でももったいないのでアップしておく!笑
 
08.06.28
 

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