カナリア*

透明な、けれど確かな境界線

 久方ぶりにテッドが彼と顔を合わせたのは、出会った群島からは遠く離れた、北の地でのことだった。
 
 
 小さな村の外れ。木々は葉を落とし、地面も建物も全てが氷の小片によって白く覆われる、木枯らしが痛いくらいに冷たい季節。積もったばかりの雪の上に、一人分の深い足跡が点々と続いていた。
 その先を目で追って、このあたりではまず見かけない、けれど確かに見覚えのある白茶色の髪と赤いバンダナを見つけ、まさか、と思った。外套に覆われて服装は判らなかったし、彼はこちらに背を向けていて顔を見ることはできない。ざく、ざく、と足音を立てながら彼に近づく。気配も消さず音すら立てたにも関わらず、彼は振り向こうとはしなかった。
 
 
 ひらひら、はらはら、
 
 
 細やかな雪が静かに空から落ちてくる。それは地に、木々に、そして彼に積もってゆく。
 いつからそこに立っているのか、彼の上にも少しばかりの雪が積もっていた。頭や肩に乗った雪は冷たいだろうに、彼はそれを払い落としもせずにじっと灰色の天を仰いでいる。
 
 
 ひらひら、ひらり。
 
 
 氷の結晶を落とし続ける空は幾分の隙もなく厚い雲に覆われ、心浮き立つ色はしていない。熱心に見つめて何が面白いのか、とテッドは内心首を傾げた。
 彼ともう数歩の距離にまで歩み寄って、テッドは足を止めた。専用の靴を履いていても、新雪に足が沈む。さくり、と再び静かな音。聞こえなかったはずはないだろうが、やはり彼は振り向かない。ただ空に視線をやってじっと佇んでいる。あまりに動かないので置物かと錯覚しそうになるほどだ。
 声をかけようか迷う。ほとんどの音は雪に吸い込まれ、木々のざわめきも動物の声も何も聞こえない。ただ時折、風だけがひゅうと鳴いていた。
 
 不意に鼻先を小雪がかすめ、テッドは大きくくしゃみをした。くしゅん、という音と共にテッドが大きな空気の固まりを吐き出すと、身動き一つしなかった少年がようやくこちらを返り見る。ゆらゆら舞う雪にも負けないくらい、ゆっくりと。
 記憶と目の前の少年の姿が重なる。別れてからもう五年以上が経っているのに、あの頃と彼は何ら変わっていない。もっともそれは、こちらも同じなのだろうけれども。
 凪よりも静かな瞳がこちらをとらえる。他の何より懐かしく感じたのは、その鮮やかな青色のような気がした。
 
 
「……お久しぶりです、テッドさん」
 
 
 そう言って彼はこちらに軽く会釈をしてくる。驚いたような様子は全くない。こちらにはとっくに気付いていたのか、ただそう見えないだけなのかは判らないが。
 気まずさをごまかすように、よう、とテッドは片手を上げた。少年――カインはまた軽く頭を下げてそれに応えてくる。彼のこういう変に真面目なところはいつまで経っても変わらない。敬語でなくて構わないと言っても、年上には敬意を示すものだと言って譲らないのだ。テッドももう、気にしないことにした。
 
 
「何してるんだ、こんな所で」
 
 テッドの問いに、カインは無言でまた空を見上げる。数秒の沈黙。テッドは何も言わずにただ待った。
 急ぎの状況でない限り、彼の言葉は人より一拍多く置かなければ出てこない。あの船では彼とそれほど多くの交流があったわけではないけれど、人より間の多い会話のテンポがつかめる程度にはもう慣れた。
 
「考えてました」
 
 
 何を、とはテッドは問わない。まだ。
 一呼吸置いて、ぽつりと彼が呟くように続ける。
 
「この景色は、どんな言葉を使えばスノウに伝えられるんだろうなって」
 
 テッドも雪を降らす空をちらりと見る。ああそうか、この地方で『雪』を表す言葉は――
 
 
 
    +
 
 
 
 ここは冷えるから店に行こうという彼の言葉に従い、村唯一の食堂に向かった。
 しんとした店内に入り、隅の暖炉近くの席に座る。昼食と夕食の間の中途半端なこの時間、人の入りはほとんどなく、狭い屋内がやけに広く感じられた。とはいえ昼時に来たところで、この小さな村では大差ないのだろうけれど。
 自分たちの他は休憩中らしい男の二人組が離れたところに座っているだけだった。机も壁も暖炉も、全てが年期を感じさせる。店主が道楽で開いているだけだろうと思ってしまうほどの、簡単な食堂だ。
 パチ、と暖炉の薪が音を立てる。赤い炎をちらりと見てから、テッドはメニューに目を落とした。品目が少ないので、選ぶ余地はほとんどない。
 
「俺はコーヒー」
 
 そう言うと、彼ははいと答えて二人分のコーヒーを注文した。オーダーを口にしたのは決まったという意思表示だけのつもりだったのだが、こういうとき彼は素早い。
 礼を言うべきか一瞬迷ったけれど、そんなこちらの態度などまるで気にする風でもなく、
 
「これまでどのあたりに行かれてたんですか?」
 
 とカインは問いを向けてきた。
 
 
 テッドはすぐには答えず、頬杖をついて視線をテーブルの脇にやりながら「……西」とただ簡潔に答える。どこで何をしていたか、誰と一緒だったか、具体的な事は全て伏せるように。
 こちらの心境を知ってか知らずか、彼はただ、そうですかとぽつりと言った。カインはそれ以上の問いを発してくることもなく、初めに出された水に口を付ける。
 ふ、と沈黙が降ってきて、テッドは暖炉の方へと視線を向けた。パチパチ、パチ。小さく音を立てながら、薪が紅く光っている。誰かといてこんなに静かなのは、ずいぶん久しぶりな気がした。
 運ばれてきたコーヒーが机に置かれ、それに機会を得たように、テッドは「お前は」とようやく問いを返した。
 
 
「僕は、しばらく群島にいましたよ」
 
 カインが飲んでいたコーヒーを受け皿に戻して答える。少し当てるだけで鳴るはずの陶器の音は、テッドの耳には届かなかった。外に降り積もる雪に、全て吸い込まれたのかもしれない。店内も、そしておそらく外も、しんとしている。静かすぎてついぼんやりしてしまいそうだ。
 そんな空気の中、カインが口を開いた。
 
「テッドさんは、あのあと群島には立ち寄られましたか」
「いや」
 
 じゃあ、と言って彼は続ける。その読み取りづらい表情がわずかに笑んで見えたのは、果たして気のせいだっただろうか。
 
 
「四年前、イルヤに花時計ができました。正しくは日時計なんですが、街の中心に大きな花壇が作られて、新しい街のシンボルになっています」
「そりゃあ……」
 
 よかったな、とテッドは静かに返す。思えばあの島がクールークの実験で崩壊してからもう五年。それだけ経てば、灰の黒い土も緑に替わっているだろう。
 戦禍や災害の跡もこれまでいくつも見てきたが、それらのほとんどが人の手によって作り直され塗り替えられてきた。前と同じ、いや、前以上の姿に。あの瓦礫の島が今どうなっているのかは想像するしかないが、あの船に乗っていた彼らやオベルが手を貸したなら、見事な復興を遂げているに違いない。
 
「フレアさんの発案なんです。元々花を植える話はあったんですけど、時計にしようって言い出したのはあの人で」
「へえ」
 
 
 果たしてそんなことを言い出す女だったかなと、遠くなりかけた記憶を引っ張り出しながらテッドは考える。
 今でも印象として残っているのは、彼女も弓の使い手だったことと、かなり気の強い方だった―しかもやたらと口うるさかった―こと。ほとんど顔を合わせるたび小言を言われていたような気がするし、アルドとのことで口を挟んできたのはフレアだけだった。
 彼女も弓使いの青年とは別の意味でお節介な性格をしていたことだけは、はっきり思い出せる。そんな彼女だ、花よりも華と言った方がまだしっくりくる、と言ったら怒られるだろうか。
 
「あいつ、元気にしてるのか」
 そう問えば、カインは考えるように一拍置いて、
「……ええ、とても」
 と真面目な表情のまま答えた。
 
 今一瞬空いた間は何だろうとわずかに首を傾げたら、「あの戦いで、あの方もかなり腕を上げられたので……」という言葉が続く。その台詞だけで、だいたいの見当がついてしまった。海を哨戒したり遺跡を見回ったりくらいのことは、平気でしているのだろう。
 カインが返答を考えたということは、相当元気にしていると考えてもよさそうだ。まさか数年前のクールーク崩壊に関わっていたりは―どうだろう。否定しきれないから怖い。テッドはあえてこれ以上は考えないことにした。
 再び少しの間が空いて、カインがわずかに口元を緩めながら目を伏せる。
 
 
「……ああ、そういえばフレアさんから、〝船を下りてもちゃんと三食とってきちんと寝るように〟って、テッドさんに伝言がありましたよ」
「ちっ……余計なお世話だ」
 
 相変わらず口うるさいなと、テッドは顔をしかめた。昔もテッドの不摂生に対して注意してきたのは主に彼女だった。放っておいてくれと不快感を表したテッドに、「あら、私だってあなたがきちんとできてさえいれば何も言わないわ」としれっと言ってのけた事を思い出す。そういうところは全く変わっていない。
 
「あとは、そうですね。リノ王やセツさんは変わらずご健在ですし、ケネス達は――」
 
 
 少しずつ、淡々と。
 
 カインがかつての仲間たちの消息を語ってゆく。涌き水のように緩やかに、けれど淀みなく。あまり抑揚のない語調ではあったが、その声には昔を懐かしむような色や優しさが滲んでいた。はたして、彼が個人的な会話でこれほど饒舌な事がこれまであっただろうか。
 あまり関わりを持たないようにしていたとはいえ、船の仕事や戦闘の割り振りは毎回変わっていたから、船員たちの顔と名前は一通り覚えた。カインの話を聞きながら、たくさんの顔が浮かんでは消えていく。
 
 
「ふうん……」
 
 まだ熱いコーヒーが喉を焼く。冷え切った体にその熱はやけに強くに感じられた。群島の蒸したあの空気は、身を切るような冷たさの漂うこの場所とは掛け離れているけれど、記憶が体に錯覚させる。懐かしいと、素直にそう感じた。
 一通り話し終えたのか、ふと話が途切れ、沈黙が下りてくる。互いに何も言わず、それぞれ視線を適当な方向へ向けていた。
 静けさがやってきてもなお、カインは尋ねてはこなかった。他の仲間たちの消息を。テッドは何も知らないと思っているのか、それともあえて触れて来ないのか、テッドには判断がつかない。
 
 
「……、それから、」
 
 不意にカインが口を開いたので、おや、と思う。まだ終わってはいなかったらしい。
 一呼吸おいて、彼は続ける。
 
「スノウはラズリルに戻って暮らしてます」
「へえ?」
 
 テッドは思わず聞き返した。
 
 
 あの青年がその島の生まれなのは知っている。けれど、同じ島でいろいろな事があったというのも、少しは耳にしている。ちらりと聞いた程度だけれども、それでもう一度ラズリルに戻ろうと思える話では―なかったような、気がした。
 けれどそれを聞くのは何となくはばかられ、かといって聞き返した手前、無言では流すこともできず、「ふうん……」とテッドは言葉を濁す。
 
 
「あいつ、元気にしてるのか」
 
 適当に流すために向けた問い。
 
「そう――ですね。たぶん……」
 
 
 けれどなぜか、カインは珍しく困ったような表情を見せた。
 彼は感情をほとんど表に出さない方ではあるが、困るとわずかに首を傾げる癖がある。その時は一緒に眉尻もちょっとだけ下がるんだよと、かつて弓使いの青年が教えてくれた。
 
「?」
 
 不思議に思いながら黙って見ていると、「会ってはいないので……」とさらに困ったような言葉が続き、テッドは首を大きく傾げたくなった。
 二人の間にあった何かを詳しくは知らない。けれども関係性の強さだけは、見ていればわかる。
 船上ではカインは彼のことを特に気にかけていたし――平等に接しようとしているのも判ったけれど――、さっき会った時だって彼は、旧友のことを考えていたのでは、なかったか。

 しばらく群島いたというのに、会っては、いない?
 
「なんで、また」
 
 つい問いを重ねる。カインはちらりとこちらを見、やや間を置いてから、答えを返してきた。
 
「スノウが、変わりたい、と。だからしばらくは会わない、そう言われたので」
「この五年間、一度も?」
「あ、いえ、群島に残っていた仲間達が集まる機会があったので、一度だけ……あまり話はしませんでしたけど」
「はあ」
 
 曖昧に返しながら、正直なところ理解できない、とテッドは思った。
 彼がどうやら相当変わった人間であるらしいということも、人と比べて遥かに気の長い性格であるらしいことも、以前から重々承知している。
 わかっては、いるが。
 
 五年とは、さすがに気が長すぎやしないだろうか?
 
 
 先ほどカインが彼の話をためらった理由になんとなく合点がいく。おそらくあのお節介揃いの元船員たちから、あれこれ言われてきたのだろう。もしこの予想が当たっているならば、そしてその上で会わずにいるならば、これ以上テッドから何か口を挟んだところで無駄だろうな、と思った。何よりほんの短い期間にはたから見ていただけのテッドは、彼らの事に口を出す立場にない。
 どう返したものか迷って、テッドはコーヒーに目を落とした。暖炉に火を焚いていても、やはり寒い。けれど暖炉に向けている面だけが、やけに熱い。
 
 パチ、パチ、再び暖炉の音が耳に入ってくる。いつの間にか他の客もいなくなり、ここにいるのは自分たちだけになっていた。
 
 感じる奇妙な既視感。これは何だろう。彼とこうして静かに長く向かい合っていたことなど、今まで一度も無かったというのに。あの頃と同じ姿で、他に誰の姿もないから、なのだろうか。
 ただあの頃と違う部分があるとするならば、それは。
 
 
 ――ねえテッドくん。人っていうのはさ、結局いつかは別れるんだよ。でもだからこそ、一緒にいる時間が愛しいと思わない?
 
 彼がくれた何か、なのだろうか。
 
 ――僕は、一緒にいることを、諦めたくはないんだ。
 
 そう言ってふわりと笑ったあいつなら何て言うんだろうなと、そんなことを考えた。
 
 
 
「……あんたさ、ほんとにわかってるか? 自分がこれから、ずっと生きるんだってこと」
 
 カインが静かにこちらを見る。テッドは彼らのことを多くは知らない。もし知っていることがあるとすれば、きっとこの一つだけだ。
 
「そう遠くないうちに、どうせ会えなくなるんだ。今のうちに会っておけばいいと俺は思うけどな」
 
 
 自分と違って好きなだけ一緒にいてもいいのだから、とは、テッドは言わなかった。けれど察しのいい彼ならば、伝えようとしたことはくみ取ってくれるだろう。
 彼が左手の紋章を手放さない限り、もしくはそれが再び彼の命を蝕まない限り。彼もこの先何人もの命を見送ることになる。彼自身はは変わることなく。ただ、時から外れた者として。いつか見送る相手の中に自分が入るのか、それとも自分が彼を見送ることになるのかは、わからないけれど。

 紋章が気まぐれを起こさないかどうかはともかくとして、彼は自分から紋章を手放すようなことはしないだろう。なぜ自分だけと思いませんかというテッドの問いに、いいえときっぱり答えた彼ならば。……そう考えるのは、こちらの勝手な願望かもしれないけれど。
 テッドは頬杖をつきながらカインを見る。相変わらず静かな蒼眼のその奥は伺い知れない。いつものように背筋を伸ばし、しんとそこに座っている。果たして先のテッドの言葉に、いったい何を感じただろうか。いや、何か、感じたろうか。
 
「テッドさんは、……」
 
 ぽつりとカインが言葉を紡ぐ。いつものように待ってみたけれど、その先は続かなかった。彼は何を言おうとしたのだろう。何だよと消えた言葉を促してみたけれど、カインは何でもありませんと首を振るだけだった。
 
 
 彼と話していると時折感じる距離感。彼はいつも、こちら側に強く踏み込んでは来ない。テッドもカインの側に大きく寄ることはしない。互いに時折、透明な境界線にそっと触れるだけだ。
 知り合いと友人の境。
 特別と言えばそうだけれども特別過ぎることもない、微妙な距離。
 カインがあえてそれを保っているのか、それともこれが彼の素なのかは知らないが、テッドにとってはありがたかった。
 
 
 話題も尽き、再び沈黙が降ってくる。二つのコーヒーはもう空になっていて、試しにカップに触れてみると指先から冷たさが伝わってきた。ずいぶん話していた気がするけれど、外はまだ雪がちらついているのだろうか。
 
「……そろそろ、出ましょうか」
 
 カインがぽつりと言い、そっと伝票を持って立ち上がる。それに習いテッドも腰を上げた。
 
「いくらだっけ」
「ここは僕が。賭けに負けましたからね」
「賭け?」
 
 一瞬何のことかわからず首を傾げたテッドに、カインはわずかに笑んだ。
 
「もし次に会うとしたら何年後かと賭けをしたこと、覚えてませんか?」
 
 ああ――そういえば。
 船を下りるとき、彼とそんな言葉を交わした。もしこの先会えるとしたら、と。テッドは十年と答え、カインは二十年と言った。その時は彼と再会するなんてほとんど思ってもみなかったというのに、現実にはこうして向かい合っているのだから不思議なものだ。
 そして同時に、賭けの賞品を決めていなかったことも思い出す。コーヒー一杯でさりげなく済ませてしまおうとするあたり、案外ちゃっかりしているとテッドは苦笑した。
 
 
「あんた、まだしばらくこの村にいるのか?」
 
 支払いを済ませ外に出ると、身にまとっていた室内の暖気を乾燥して冷たい空気がさらっていった。思わず身震いしたけれど、そのうち慣れるんだろうな、とも思った。
 時間が経てば、何にでも慣れる。立つ場所の温度にも、一人で生きることにも。隣に立つ彼は、真の紋章を宿して生きることに、少しは慣れたろうか。
 
「……僕は、そろそろまた一度群島に戻ろうかなと思います」
 
 テッドはカインに視線を向ける。彼は穏やかな目でそれに返してきた。
 
「どうも寒い所は苦手で……それに、テッドさんと話していたら、海が恋しくなりました」
「そっか」
 
 少し気にはなったけれど、ラズリルに住む青年には会いに行くのか、とは聞かずにおいた。自分が聞くべきことではないような気がしたからだ。話したければ彼の方から言ってくるだろう。
 じゃあ、と言いかけて、テッドは再び口を閉じる。彼は結局最後まで何も聞いてはこなかった。けれど――けれど。仲間たちの消息を気にかけていた彼には、彼にだけは、伝えておかなければならないことが、ある。
 
 
「あのさ」
 
 テッドはカインからは視線を外し、道の端に避けられた雪に目を向ける。
 
「アルドは、死んだよ」
 
 
 静かにテッドは言う。思いの外冷静な声が出てきたことに自分でも驚いた。ただ、隣に立つ少年を見ることはできなかったけれど。
 
「――はい」
 
 隣からの返事はそれだけの、けれどしっかりした声だった。何があったかを聞いてくるわけではなくて、そうですかと流すわけでもなくて――事実をそのまま、受け止めるかのような。
 彼は知っていたのだろうか、アルドが自分を追ってきたことを。それとも何も知らないまま、そうやって返してきたのだろうか。
 どちらなのかは判らなかったけれど、口に出せたことで、そしてそうやって受け止めてもらえたことで、わずかに気が緩む。無言のまま目を閉じると、いつかの懐かしい声が聞こえるような気がした。
 
 
「……次は、何年にしましょうか」
 
 ぽつりとカインが言う。予想外の方向から飛んできたボールに、テッドは思わず彼を見た。
 一拍遅れて、賭けの話をしているのだとようやく理解がやってくる。
 
「僕は、今回と同じ五年にします」
 
 そう言って彼が浮かべる微笑。相変わらず会話に流れがない奴だなと思いながらも、つられてテッドも薄く笑った。
 
「なら俺は二十年で。――じゃあな」
「はい」
 
 
 テッドが肩手を上げて挨拶に代えると、カインはやはり会釈で返してきた。別れの合図は、ただ、それだけ。それ以上何かを話す事もなく、互いに背を向けて歩き始める。
 足を進めながら、テッドは空から静かに舞い降りてくる雪を見上げた。灰色の、重い空。留まることなく雪が空から落ちてくる。先ほど彼がじっと見つめていた光景だ。久しぶりに見上げる雪空は、たまに見る分には悪くない。そう思えた。
 一度だけ立ち止まって振り返ってみたけれど、そこにはもう赤く揺れるバンダナは見つけられなかった。
 ふう、とテッドは白い息を吐く。
 
 
 自分も彼も、〝また〟とも〝いつか〟とも言わなかった。
 大して次を期待していないかのような、随分あっさりした別れ方をした。
 
 ―――けれど。
 
 
「賭け、ね……」
 
 
 
 それは、それくらいにもう一度会おうという約束なのだ、と思った。
 
 
 
 
 
 
 2010.7.8 // その約束を、これから何度も重ねるなんて思わなかったよ。
 
 
 
 
 
 
 

talk

4主・スノウ・テッドアンソロジー『Bon Voyage !』に寄稿させていただきました。
4主もスノウもテッドも全部書きたい!!みんなあいしてる!!と妄想を詰め込んだら詰め込みすぎて若干消化不良気味になってしまったなあと反省しています…ぐぬぬ。
 
最初の幻水が4だったのと、テッドっていうなんか大人気キャラが出てくるらしい、という無駄な前情報をもっていたせいで、
テッド = 4主より年上 = 「さん」付けや!
という式が出来上がりました。

今となっては、なんか違ったかな…という気持ちもありますが、さん付けに伴うテッドと4主の微妙な距離感は割と気に入っています。
4テッドは人と距離を置いている感じがすごくあって、うちの4主は望んで距離を置く人に、近づきはしないと思うんですよね。
あと、幻水1でテッドが、300年で坊だけが友達だったって言っていたので。
4主とテッドは、友達というほど近くなくて、ただの知り合いほど遠くもない、そんな距離感を保っていてもいいな!と。
でも、4主の仲間がテッド以外全員いなくなっちゃってからは、またいろいろあるといい。

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