カナリア*

お泊りの翌朝

ある日、たまにはウチに泊まりに来いと、リュウはグレッグミンスターの自宅に同盟軍軍主を呼んだ。
 
夜はグレミオ特製のシチューとカイン作の群島料理を食べ、3つ並べた寝具に寝転がりながらカードやボードゲームで夜中まで遊んで、限界がきた者から目を閉じた。一番最初にギブアップしたのはサキで、おそらく次はリュウだったんだろう。カインと遅くまで話していたことは覚えているけれど、途中から記憶がない。
 
 
朝、近くで人の動く気配がして目を覚ます。腕を突っ張って上半身だけ起こしたけれど、夜更かしした分いつもより体が重かった。
 
「おはよう」
 
上から降ってくる声。一番遅くまで起きていたくせに、起床はカインが一番早かったらしい。彼は赤のバンダナはまだ額に巻かずに素早く着替えを済ませると、顔を洗うと言って部屋を出ていく。
 
 
体を起こして隣を見れば、一番最初に落ちたはずの少年はまだぐっすり眠っていた。どうしようか迷って、リュウは彼の頬を突っついてみる。ふにゃりと指が吸い込まれるように沈んだ。人の耳たぶなんかよりもずっと柔らかい。
 
起きる様子がないのでもう一度。なかなか気持ちがいい。サキが身じろぎをして逃げるようにこちらに背を向けたけれど、やっぱりまだ起きてくれなかったから、今度は頬をつねって引っ張ってみた。なんだかつきたての餅でも触っているみたいだ。
 
 
「りゅーさあん……痛いれす……」
 
薄ぼんやり目を開けながら、彼がこちらに視線を向ける。寝起きだけあって舌が回っていない――いや、自分が頬を引っ張っているせいか。「よ、おはよ」と言いながら手を離すと、彼は目をこする代わりに頬をさすって体を起こした。
 
「おはよーございまーす」
 
大きなあくびをしながら間延びした一言。サキは一度伸びをして、リュウより先に床に降りた。彼が着替えを始めたので、リュウも同じ場所に降りる。そこへちょうど、カインが戻ってきた。
 
「ああサキ、おはよう。2人とも顔を洗っておいで」
「おはようございます」
「へーい」
 
 
服だけ着替えてから、頭に乗せるものは置きっぱなしにして、二人揃って部屋を出る。別に急いでなどなかったのだけれど、なんとなく元気が有り余っていたから、足音を立てて廊下を走る。途中でタオル1枚と歯ブラシ2つ、コップ1つを取って外へと出た。空から降り注ぐ光が眩しい。走ってきた勢いのまま井戸へと向かう。水をくんで順に顔を洗った。そして立ったまま、それぞれ歯ブラシを手に取る。
 
 
ふと思いついて、リュウはサキの向かいに移動した。お互いの顔が見える正面。サキが不思議そうな顔をしながらも歯を磨き始める。
 
彼の歯ブラシがリュウから見て右上に動いたので、リュウも右上に手を動かした。サキが奥を磨き始めたらリュウも奥へ。次は右下。裏もしっかり。鏡になったつもりで、前の少年の歯ブラシを追いかける。
 
半分を磨いたあたりでサキが気づいた。何やってるんですか?とでも言うように彼がほんの少し首を傾けたので、さあ?と心の中で答えながら動作を真似た。サキがちょっと笑ったので、リュウも同じように笑い返した。なかなか楽しい。笑いをこらえながら、さあ今度は前、左上、奥、左下――。
 
 
一通り磨ききり、サキがコップに手を伸ばす。同じようにリュウもコップに手を伸ばす。しかしコップは一つしかない。一瞬二つの手が止まって、サキがどうぞと手振りで示して譲ってくれた。
 
いつもならこのまま使わせてもらうのだけれど、今自分は彼の鏡だ。リュウもどうぞと手振りで示した。やや迷ってサキがコップに触れる。リュウもコップに触れる。彼が離せば自分も離す。触れる、離す。繰り返すことさらに2回。
 
サキが困り顔でじっとこちらを見つめてきた。同様に見つめ返したが、どちらも今は口が利けない。このまま鏡のふりゲーム(今適当に命名した)を続けると永遠に口がゆすげない、ということは解っているのだけれど、ここまできて止めてしまうのもなんだか悔しい気がする。さてどうしようか。視線を合わせて瞬き。同じ方向に首を傾げ、このあとどうするかを思案しながら見つめ合っていたとき、
 
 
二人の間に、手がぬっと伸びてきた。
 
 
見慣れた黒の手袋、むき出しの指に掴まれた別のコップ。それが、二人の視線のちょうど真ん中に当然現れたのだ。
 
「はい」
 
ぎょっと目を見開いて固まっている二人をよそに、青い目をした少年は手の中のコップをリュウに持たせると、置いてあるもう一つを取ってサキに渡した。
 
 
続きをどうぞと言われ、いやいつからいたんだっつーかどこから見てた!?と聞きたい気持ちを抱えながら、まず口の中身を捨てない限り言葉を発することができなくて、リュウはコップに口をつける。サキがまだ動かなかったから、空いている方の手で突っついた。彼がはっとして同じように口にコップを近付けたので、互いに目配せしながら揃った動きで口をゆすぐ。
 
口の中のものを吐き出すタイミングすらも合わせて、ゲームが終わったところでリュウはカインの方を見上げる。カインはまずサキの頭に金の輪っかを乗せると、今度はリュウの頭にバンダナをぽんと置いた。
 
 
「タオルや歯ブラシを片づけたら直接ご飯食べに来てって、グレミオさんから伝言」
 
今の二人の行動には完全なノーリアクション。表情も特になく、言葉もただ淡々と紡がれた。笑われるよりマシかもしれないが、ツッコミゼロもそれはそれでいたたまれない。それだけ言って戻ろうとするカインの服を、リュウは慌てて掴む。
 
 
「ストップストップ! お前いつからいたんだよ!」
「え? 二人が向かい合って首傾げて、そのあと笑ってたところは見たよ」
 
うわあ一番恥ずかしいところを見られた! 一瞬顔がひきつって、慌てて取り繕う。
 
 
「えっじゃあコップは?」
「ああ、しばらく見てたら必要かなって思ったから取ってきた」
「見てたのかよ声かけろよ!」
「え……だってお邪魔かなと思って……」
「そこは空気読むとこじゃないのー! 黙って見てんなー!!」
 
声を張り上げたらどうしてと理由を問われたけれど、恥ずかしいからとは言えなくて、もごもごと口を動かしながらも言葉は飲み込んだ。あのタイミングでコップを出してきたなら、最後に見つめ合って首を傾げていたのも見ていたのだろう? なんでそんな、目撃されたくないところにばかりいるのだろうか。カインが静かに呟く。
 
 
「僕が来ても最後までやったくせに」
「うるさいな! どうぞって言ったの誰だよっ!」
 
どうしてそこだけちゃんとツッコミを入れるんだ。リュウがむうと口を尖らせていると、サキが苦笑しながらリュウの手の中のコップを取って洗ってくれた。
 
 
 
「3人とも、料理が冷めますよー!」
 
2階の窓からクレオが声をかけてくる。途端に腹の虫がぐうと鳴って、「へーい」「はーい」というリュウとサキの声が自然に揃った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
こっちは中村航の「100回泣くこと」を読んで。
起き抜けに鏡見ながら歯ブラシの動きを追いかける、っていうバカップルがいたんです。二人しかいないから、ふふふと笑ってバカップルだねで終わるけど、これ誰かに見られてたら相当恥ずかしいんじゃないか…と思ったのでついやらせてしまいました。このあと食卓で4主が喋って、クレオやパーンに爆笑されていればいいと思います。
 
09.01.02
 

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