カナリア*

雨の日の過ごし方 1

外は雨だった。
 
いつまで経っても止まないのではないかと思うほど容赦なく地面を叩く土砂降りだ。雨粒は風に煽られて窓にもぶつかり、締め切った部屋の中にいるのに外の音がやかましい。
 
 
 
「つまらん」
 
頬杖を付きながら不満気な表情を浮かべたのはリュウ=マクドール。今日は本来なら同盟軍の軍主たちと共にレベル上げ兼軍資金稼ぎに行っているはずだった。ピクニックも兼ねるつもりで前日から同盟軍の本拠地に来たのに、朝起きたらこの雨だ。当然探索は中止でつまらない。全くもってつまらない。
 
「天候ばかりは仕方がないさ」
 
そう言って紅茶を口にしたのは黒服の少年だ。少年――カインはカップを皿に戻すと、降り続く雨をその海に似た青い瞳に映した。この雨は今日どころか明日も降り続きそうな気がする。一度グレッグミンスターに帰るという手もあるのだが、バナーも今日は雨らしい。この雨の中外に出るのは勘弁願いたかった。
 
 
 
「うーん、何すっかなあ」
 
リュウはソファーに深く身を沈めて腕を組んだ。外は雨、それは仕方がない。ならば建設的に、この雨を利用してどう遊ぶかを考えるべきだろう。トランプやボードゲームという手もあるが、最近やりすぎて飽きてきた。読書は家でもできる。雨だからできることはないだろうか。雨。雨といえば――そうだ。リュウは口元を笑みの形に広げると、意気揚々と机に身を乗り出した。
 
 
 
「なあカイン、覚えてるか」
「何を」
「てるてる坊主と呪いの人形使った企画だよ企画!」
 
 
 
雨といえばてるてる坊主。てるてる坊主といえば、前にシュウという邪魔が入ったために延期した企画があった。その名も「お風呂de首吊り大会☆」企画。そのネーミングは我ながらばかばかしいと思うが、中身も同じくらいばかばかしいのでこれくらいで丁度いい。
 
カインはああと頷いて、「赤い温泉の元ならサキに渡してあるよ」と言ってくれた。さすが用意がいい。もちろん自分も、持っていた呪い人形はいつでも使えるように城に持ってきてある。
 
企画内容はくだらないイタズラだ。しかしどんなにくだらないと言われようが、ばかばかしいと笑われようが迷惑だと逃げられようが、自分が面白い限りはやる。全力の限りをかけて遊ばせてもらう。それが自分のアイデンティティであるとリュウは心底思っている。雨なんてうっとうしいだけだと思っていたが、何だかわくわくしてきた。
 
 
 
「よし今こそ決行の時だ! 行くぞカイン!!」
 
リュウは握りこぶしを作って立ち上がると、軍主サキを探すために駆け出した。
 
 
 
 
 
 
     +
 
 
 
 
 
 
第一にして唯一の関門は、同盟軍風呂の管理人――テツ。
 
「駄目ですってば!」
「大ー丈夫ちゃんと片付けるからさ。なっ?」
「いいえ駄目です!! あなたの片付けるは当てになりません!」
 
準備のためにはどうしても風呂を締め切らなければならない。準備中に入ってこられては驚きも8割減、そして企画がばれてしまったら誰も近寄らなくなる。リュウはにこやかに笑ってテツの肩に手を回した。
 
「固いこと言いっこなしだって、礼は弾むからさあ。ほら何でも言ってみろ? 何が希望だ?」
「なら風呂で遊ばないでください」
「……どうしても駄目か?」
「駄目です」
 
しかしガードは厳重だ。もちろんリュウも首を縦に振ってもらえるとは最初から思っていない。誰だって自分の管理する大事なところをめちゃめちゃにされたら迷惑だろう。あくまで礼儀として頼んでみただけだ。しかし無理だと言われたところで、やるといったら、やるのだ。
 
 
「しゃーねえな。おいサキ、出番だぞ」
「はーいっ」
 
 
リュウは満面の笑みでぱちりと指を鳴らし、サキと選手交代をすることにした。リュウの頼み方が相手にプレッシャーをかけてうんと言わせるものなら、サキは愛らしい視線で断れなくさせる。誰だって雨の中捨てられた子犬のような視線でお願いされたら、良心のある者なら断れない。たとえ中身がどんなに理不尽であろうとも。
 
 
「いくらサキ様の頼みでもこればっかりは聞けませんからね!」
 
 
しかし、今回はそんな正攻法で頼む気はない。どうしても無理と言われた時の頼み方は彼に仕込んである。サキはテツを見上げ、ほわほわとした可愛らしい笑顔でにっこり笑うと、語尾にハートマークが付きそうな声で次の言葉を口にした。
 
 
 
「じゃあ、軍主命令ですっ」
「……!!!?」
 
 
 
その瞬間のテツの絶望に満ちて引きつった表情に、リュウは爆笑を必死になって抑える羽目になった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――かくして。
 
 
 
 
 
 
 
 
「リュウさーん、この子この辺でいいですかね?」
「ああ、それもうちょい右」
「リュウ、暗幕足りないんだけど」
「ペンキ塗っとけペンキ!」
 
 
男湯を閉鎖し、テツには何か聞かれても掃除中だと答えろと言いくるめ、リュウたちは企画の準備に勤しんでいた。シーツで作った巨大てるてる坊主が38体、呪いの人形が100体、普通のてるてる坊主が83体。黒い紐を張り、天井という天井からてるてる坊主と呪いの人形を垂らす。壁には暗幕を垂らして黒に染め、赤い湯の元で湯船を演出する。最後に照明も、薄い布を巻いて暗くすれば完璧だ。
 
 
 
「よっし、封鎖解いてターゲット待つぞ!」
「はーいっ」
「入る人も気の毒に……」
 
 
 
ちょっとホラーチックな風呂で仲間を驚かせてみようという、見事にくだらない企画だった。日常に加えるささやかなスパイス。
 
 
 
 
それだけの、はずだった。
 
 
 
 
 
 
 
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